米国では続々誕生する巨大ベンチャーが、日本で生まれない決定的なワケ
経営者や起業を志す人だけでなく、すべてのビジネスパーソンが「ファイナンス思考」を身につけられたら、未来を生き抜く武器になる。成長するビジネスが日本にも必ず生まれる。そんなメッセージが支持され、ベストセラーになったのが、『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』(朝倉祐介著)だ。日本のビジネスに足りない、長期思考・戦略的・自律型の思考とは?(文/上阪徹、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部) 【この記事の画像を見る】 ● ビジネスパーソンこそ「ファイナンス思考」を持つべき なぜ、日本からマグニフィセント・セブンのような巨大ベンチャーは生まれなかったのか。なぜ、日本人は懸命に頑張っているのに、日本経済は低迷してしまっているのか。なぜ、新しいものが日本からは生まれにくいのか。 まさに、これこそがその要因ではないか、と目から鱗のキーワードが展開されていくのが、本書だ。 著者の朝倉氏は、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、のちにミクシィ社長に就任、業績を回復させた実績を持つ。 現在は「未来世代のための社会変革」をテーマに、シード・アーリーステージへの投資を行うアニマルスピリッツを設立、代表パートナーを務めている。 そんな朝倉氏が日本企業を蝕む病ではないかと指摘するのが、売上高や利益といった損益計算書(PL)上の指標を、目先で最大化することを目的視する、短絡的な思考態度「PL脳」である。 高度成長期には一定の合理性を持っていた「PL脳」だったが、変化の激しい時代にはそぐわなくなった。その呪縛を解き、価値志向、長期志向、未来志向で、将来に稼ぐと期待できるお金を最大化しようとする発想が「ファイナンス思考」だ。 一見、「会計に関する難しい知識が求められるのでは」と想像してしまうが、そうではない。実際、ファイナンスに縁のなかった一般のビジネスパーソンにも理解できる内容になっている。そして、そうしたビジネスパーソンこそ、「ファイナンス思考」を持つべきだと朝倉氏は説く。 ファイナンス思考とは「会社の企業価値を最大化するために、長期的な目線に立って事業や財務に関する戦略を総合的に組み立てる考え方」のことです。より広く解釈すれば、「会社の戦略の組み立て方」ともいえるでしょう。(P.48) そして実は会社で働くビジネスパーソンのほとんどが、ファイナンスに大いに関わっているのである。 ● PL脳とファイナンス思考の圧倒的な違い ファイナンス思考とは何か。朝倉氏が日本企業を蝕む病だと指摘するPL脳と比較すると、わかりやすい。本書では、評価軸、時間軸、経営アプローチの3つの観点から、その違いが解説されている。 ファイナンス思考が目指すのは、PL上の数値ではなく、企業の価値。企業の価値を上げることができれば、必然的にPL上の業績数値もより良くなる。ところが、単に数値を上げようとしてしまうのは、目的と手段が入れ替わったようなものだ。 時間軸は短期ではなく、長期。他律的ではなく、自律的。事業の内容に応じて、最適な時間の長さを自発的に設定するのが、ファイナンス思考だ。目の前のPLを最大化しようとすると、事業の成長を妨げることも起こりうる。 ファイナンス思考では、事業の時間感覚に即した方法で資金を調達し、活用します。(中略)たとえばアマゾンのように、マーケット開拓やシェア拡大に先行投資を必要とする事業、あるいは「火星への移民」という構想を掲げてロケットを開発するスペースXのように、商業化までに長い研究開発期間を要する事業の場合、所与の会計期間を前提とするPL脳のような時間軸で意思決定を進めていては、事業を完成させることは到底できません。(P.51) そして経営アプローチは、管理的ではなく、戦略的。調整的ではなく、逆算的。見かけ上の利益を絞り出すために、研究開発のような必要な投資を制限したり、費用の計上を先延ばしにしたりしない。ダイナミックに事業に働きかけ、企業価値の最大化を目指すのだ。 こう書くと、ビッグ・テックのような企業が登場した米国と、なかなか新しいものが生み出せない日本との差の理由が、まさにここにこそあるのではないかと見えてくる。 そもそも、「ファイナンス」という言葉はどのような意味なのだろうか? 本書では「ファイナンス」をこのように定義している。 会社の企業価値を最大化するために、 A.事業に必要なお金を外部から最適なバランスと条件で調達し、(外部からの調達) B.既存の事業・資産から最大限にお金を創出し、(資金の創出) C.築いた資産(お金を含む)を事業構築のための新規投資や株主・債権者への還元に最適に分配し、(資産の最適配分) D.その経緯の合理性と意思をステークホルダーに説明する(ステークホルダー・コミュニケーション) という一連の活動(P.55) ファイナンスの本質は、こうしたお金の循環を健全にコントロールしながら、段階的により多くのお金を生み出す仕組みを作ることなのだ。 ● 自分の業務は、会社の経営にどう評価されているか ここで注目したいのが、会社は事業に必要な資金を、借入や債券の発行、株式の発行(A.外部からの調達)だけでなく、事業のキャッシュフローから獲得している(B.資金の創出)ことだ。このキャッシュフローを生み出しているのは、誰か。これぞ、まさしく多くのビジネスパーソンなのである。 会社が運営する事業から、より多くのキャッシュを創出する取り組みが「B.資金の創出」です。これは事業のオペレーションそのものであり、一般にイメージされる会社の業務です。会社で働くビジネスパーソンのほとんどは、この「B.資金の創出」に携わっているのです。(P.58) 自分は財務にいるわけでもないからファイナンスとは関係ない、と考えているビジネスパーソンは少なくないのではないか。しかし、営業やマーケティング、製品開発といった現場の仕事も、資金を創出する活動なのだ。ファイナンスを構成する一要素なのである。 だから、ファイナンス思考を身につけると、自分たちの業務が会社全体のファイナンスとどう紐づいているのかを理解できる。また、経営レベルでは自分たちの事業活動がどう評価されているのか意識することもできると朝倉氏は記す。 たとえば事業部門の視点では「営業人員が足りていないのに、会社は採用予算を増やしてくれない」と感じられたとしても、経営レベルでは設備投資に資金を振り向けるほうが、よりリターンが大きくなると考えているのかもしれません。自社の企業価値を破壊しないためにも、所属部門の事業が資本コストを上回り、期待されているリターンを十分に出せているのか、自分たちの仕事はそのために十分な貢献が果たせているのかといった観点を持つ必要があるのです。(P.62) 実は社員のすべての仕事は、企業価値を向上させるための経営に直結しているものなのだ。ファイナンス思考を理解すれば、そのことに気づくことができる。そうなれば、仕事に対する見方も一気に変わってくるだろう。 ファイナンスの一連の活動は、広義での経営そのものであるといえる、と朝倉氏は記している。自分の仕事と自社の企業価値を結びつけて理解することは本来、すべての従業員が理解すべきことだ、という。 今や社会は成熟化し、市場は縮小、将来は不確実な低成長時代にある。そんな中で経営にも社員にも必要な発想は、短期的、他律的、管理的、調整的なPL脳ではない。長期的、自律的、戦略的でダイナミックな思考を可能にするファイナンス思考なのである。 上阪 徹(うえさか・とおる) ブックライター 1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『彼らが成功する前に大切にしていたこと』(ダイヤモンド社)、『ブランディングという力 パナソニックななぜ認知度をV字回復できたのか』(プレジデント社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。
ダイヤモンド社書籍オンライン編集部