子どもがピアニストを目指している…必要な支援は?【榎政則の音楽のドアをノックしよう♪】
前回の記事では、ピアニストを志すために必要な金額を見積もってみました。決して安い金額ではありませんが、本当に子どもが全力でピアニストを目指したいと言ったなら、応援したいという方も多いでしょう。 今回の記事では、ピアニストを志す子どもに必要な支援と、将来について考えてみたいと思います。 ◆ピアノへのあらゆる興味を途切らせない ピアニストになるために最も必要なものは、ピアノに触れている時間です。そして、触れているというのは、本当に文字通り「触れている」時間です。 弾く必要さえありません。 ピアノの胴体に触って、ペダルの感触を確かめて、内部の構造がどうなっているのかを確認して、蓋を開けたり閉じたりして、このような体験はかならず財産になります。 電子ピアノの場合でも、取扱説明書を読みながら、様々な機能を試してみたり、本物のピアノとの違いはどんなところにあるのかを実験してみたり、いくらでも遊ぶことができます。 このようなピアノ本体に対する興味は、ピアニストにとって必要不可欠なものです。どのような機構で音が出ているのか、ということを知らずに、鍵盤上だけで闇雲に練習していてもいつかは限界が来てしまいます。 また、様々なピアノに触れてみることも大事です。 学校の音楽室のピアノ、練習スタジオのピアノ、ストリートピアノ、様々な場所に置かれたピアノは、様々な音を奏でます。 ピアノには、演奏者が自分の楽器を本番で弾くことができないという珍しい特徴を持っています。いろいろなピアノを触ることで、様々なピアノの性格を知ることができ、まだ触ったことのないピアノの音色への想像力も持つことができるようになります。 そして、いろいろな演奏者のピアノを聴いてみることです。 同じ曲でもピアニストが異なれば全く違う音に聞こえます。学校の図書館や、音楽配信アプリなどで片っ端からとにかくいろんなピアノ、そして、ピアノ以外の音楽も聴いてみることが大事です。 図書館に行けば、様々な文献に触れ合うこともできます。ピアノ演奏法は多くのピアニストが執筆しており、それぞれ全く異なることが書いてあったりもします。 このようなピアノに対する興味は、強制的に与えるものではなく、自発的に生まれるものです。(たとえばピアノの胴体に10分触りなさい!と言ってもなんの効果も無いでしょう) ピアニストを目指す子どもがどのような興味を持つかは個人差が大きいところだと思いますが、とにかくピアノに対するあらゆる興味を邪魔しないことが大切です。 ◆素直に気持ちを伝える ピアニストを目指すと突然子どもが宣言したら、驚きや不安が大きいと思います。子どもの将来に対する不安も大きいかもしれませんし、経済的な困難が頭をよぎるかもしれません。 「あなたの将来が心配」 「うちの経済力では支援に限界がある」 「どんな世界かわからない」 どのような不安でも、子どもに素直に伝えてみてはいかがでしょうか。実際に親がどのように思っているか、ということを知ることができるのは子どもにとってとても貴重な情報です。 「応援してくれることがわかった」 「反対されたから説得しなければいけない」 「こんな問題があることがわかった」 ポジティブな思いも、ネガティブな思いも、それぞれ子どもたち本人が自分自身で消化しなければいけない問題です。 子どもの決めたことに反対するのはよくないことだから、何もわからないけどとりあえず応援することにする、という方もいらっしゃるかもしれません。 しかし、「応援されているから、先生探しや学校の選択などなんでも頼りきってよい」と考えるか、「反対されないことはわかったけれども、いろいろな選択や提案は自分でしなければいけない」と考えるかで、大きく状況が変わってきます。 まずはお互いの素直な気持ちを把握することが大切です。 ◆経済的な制約の乗り越え方 しかし、経済的な問題は、気持ちではどうにもなりません。実際音大に進めさせたいからといって、私立音大の平均的な金額である年間250万円もの授業料を払える家庭はそう多くはありません。 そんな時に役に立つのは国公立の音大と、貸与型の奨学金です。 国公立の音大は、授業料が4年間で250万円ほどで、貸与型の奨学金は4年間でおよそ500万円程度まで受け取ることができます。 この二つの条件を揃えれば、250万円ほど余裕がのこりますから、教科書代、楽譜代、コンクールの準備代などもこの中から十分捻出することができます。 楽譜はIMSLP(国際楽譜ライブラリープロジェクト)というサイトで、著作権が切れている楽譜であれば膨大な量の楽譜をダウンロードすることができます。 また、学校の練習室を最大限利用することで、たとえ家にピアノが無くてもそれなりに練習時間を確保することが可能です。 現在のオンラインサービスは、二十年前では考えられないほど充実しているため、情報に困るということはあまりありません。 それでもオンラインで手に入らない情報、例えば著作権が切れていない近現代の音楽の楽譜などは、学校の図書館に申請することで取り寄せることができるかもしれません。 もちろん経済的な余裕は多少は必要になりますが、様々な支援やサービスを駆使することで、なんとか経済的な壁も乗り越えられるものです。 ◆将来について それにしてもピアニストとはあまりにも経済的に不安定そうな響きがしますね。 実際「職業:ピアニスト」としてピアニストのみで生活していくことができるのは、音大のピアノ科でも年に1人いるかどうか、といったところです。1晩20万円のギャラの演奏会に出演できるピアニストはほとんどいませんが、それを月2回できて初めて生活していくことができます。 体調不良で本番を1日でも休んでしまえば、他の仕事もつられて全て失ってしまう、ということもありますし、毎月2回の演奏会となれば事務作業も練習も膨大です。 事務所に入れば事務作業というところはクリアできますが、事務所に入ってしっかり生活できるほどの報酬が得られるピアニストはやはりほんの一部です。 正確な統計ではありませんが、音大を卒業して30代になってもピアニスト活動を続けられる人は1割程度とも言われます。(逆に30歳になっても続けられていれば一生ピアニストを続けられるとも言われます) 残りの9割の人になってしまったら、という不安が、ピアニストを目指す上での将来の不安ということなのだと思います。 しかし当然のことですが、ピアニストを目指してピアニストになれなかった人が生活できていないのか、というと、当然そんなことはありません。 音楽に関係のある仕事としては、ピアノ教室の講師、演奏ホールの運営・企画、留学支援事務所、など様々ありますし、音楽の知識を活かせる仕事としては、新聞社やテレビ局といったメディアの仕事、福祉関係の仕事などがあります。 特に文化に関わる仕事はたくさんあり、そこでは音大卒というのは武器になるほどです。 音楽を学ぶと、コミュニケーション能力、外国語の能力、教える力、特定の分野に対する専門的な知識など、たくさんのことが身に付きます。 これらを身に着けた人は就職する上でも決して不利というわけではありません。 ◆目的の無い資格には注意 最後に、将来の不安から陥ってしまう注意点を一つ挙げたいと思います。 それは、学生生活中に、目的無く資格を取らせることを強制しない、ということです。 特に教職には要注意です。教えることに興味のない学生にとって、教職は音大生活の多くの時間を奪われるだけで、得られるものはほとんどありません。 教職を取ってさえいなければ挑戦できたコンクールや、演奏会がたくさんあるという状況だけは避けなくてはいけません。 そして、教職は責任が重大で、かつ学ぶ内容が膨大です。教育者になることを目的に教職を取っている人も、それなりの覚悟が必要です。 他にも、語学検定や簿記検定など、様々な資格がありますが、本当にその資格が「本人の音楽」にとって必要か?という視点を忘れないようにしてください。 留学のために語学検定を取る、音楽団体を自分で創設するために簿記検定を取る、など目的がはっきりしていれば非常に有用ですが、目的のない資格には注意してください。 これは冒頭の「ピアノへのあらゆる興味を途切らせない」と同じことですが、一分一秒でもピアノと触れる時間を長く持つことが、なにより大切です。(作曲家、即興演奏家・榎政則) ◇榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。
福井新聞社