池田理代子、70年代にトランスジェンダーを描いた『クローディーヌ…!』誕生秘話
――トランスジェンダーの主人公を描いた『クローディーヌ…!』は、LGBTQ+を扱った作品としても早かった印象です。この作品を描かれたきっかけもお伺いしたいです。 池田先生:これは、フランスの医師が出している本の中に、そういう記述があったんです。女の子に生まれたんだけど自分は男の子だと思っている患者が、お母さんに連れられて自分の元にやってきたと。その医師は、彼女のことを興味深いと思い、長きにわたってカウンセラーを続けるんですね。そのエピソードにとても興味を惹かれて、作品にしたんです。 結局、彼女は愛した人に裏切られてしまうのですが…。この短編、好きなんですよね。今では扱われることも増えた題材ですが、ちょっと早すぎたかもしれませんね。 『クローディーヌ…!』story 母親に連れられ、パリに住む精神科医のもとに訪れた少女クローディーヌ・ド・モンテスは「自分は男である」と語る。15歳になったクローディーヌは、小間使いのモーラという女性に生まれて初めての恋をする。しかし大人たちはだれもそれを認めてはくれないのだった。クローディーヌはその美しい人生の中で幾度となく「不完全」な性と愛に翻弄されることになる──。トランスジェンダーを題材にした、今こそ読んでほしい短編作品。
今いちばん興味があるのは環境問題。ペンネームを変えて『進撃の巨人』的作品を!?
――確かに、「トランスセクシアル」という言葉は、この作品で初めて見たような。ところで、東京教育大学(現・筑波大学)哲学科に在籍されていた当時は学生運動が盛んで、学生同士で政治や社会について話すのが日常だったそうですね。いま興味関心がある社会問題と言うと、どんなことになりますか? 池田先生:やはり環境問題でしょうか。地球がもちこたえられる人間の人数には限りがあると思うのですが、ちょっとそれ以上に人間が増えすぎたのではないかと…感じることもあります。アフリカの子どもたちを見ていると、食糧不足から栄養失調になったり、餓死したり…。性教育が行き届いていないことや、避妊に協力しない男性がいることも問題ですよね。 それに、国単位で考えると、みんな経済のことしか考えていないでしょう。だけど地球単位で考えたときに、このままでいいのだろうかというのは私のテーマです。 ――確かに、気候変動の問題は近年注目が高まっていますね。 池田先生:そうですね。そういったテーマでもし作品を作るとしたら…私が名前を変えて、『進撃の巨人』みたいなマンガを描いたら面白いかな?と思ったりします。私は読んでいないのですが、家族に「『進撃の巨人』ってどういうマンガなの?」と聞いたら、「人類が増えすぎてしまうことはよいのか」といったテーマも描いているマンガだよと教えてくれて。 ――先生が描く『進撃の巨人』的作品…!ぜひ読んでみたいです。社会問題のお話で言うと、2020年に出された歌集『寂しき骨』に、1996年にカンボジアを旅されたときのことを書かれていましたよね。「歴史は時に身の毛のよだつような怪物を支配者として生み出す。それを生み出す者の正体は何か私はいつも考えざるをえない」とのことですが、人間の奥に潜むものにもずっとご興味があるのでしょうか? 池田先生:そのときは、アンコールワットの遺跡を訪ねることがメインの目的だったんですけど、1975年から1979年の間にポル・ポト政権によって行われた知識階級への組織的大虐殺の傷跡のほうが印象に残っています。大虐殺が終わってから16年たっていたにもかかわらず、頭蓋骨が山と積まれていて……。 どうも権力って、いったん握ってしまうと私たちには想像もつかないような魅力があるみたいですね。とにかく手放したくなくなる。そして、人間生きていればいつかは死がくるものですけど、不老不死まで求めはじめてしまう。そういった人たちの犠牲になるのはいつも人民ですから、やはり関心があります。