『光る君へ』柄本佑が虚ろな目で表現した道長の闇 父・兼家のように権力に取り憑かれるか
『光る君へ』(NHK総合)第36回「待ち望まれた日」。一条天皇(塩野瑛久)の中宮・彰子(見上愛)がついに懐妊し、宮中は色めき立つ。彰子はまひろ(吉高由里子)を頼りにしており、天皇に対する胸の内や出産に対する不安を打ち明け、まひろもそれに応える。 【写真】次週予告に登場した伊藤健太郎 第36回は、かつて安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)が道長(柄本佑)に忠告していた「光が強ければ闇も濃くなる」の一端が垣間見えるような、不穏な空気が方々で見え隠れする、そんな回でもあった。 道長を囲み、斉信(金田哲)や公任(町田啓太)、行成(渡辺大知)は中宮・彰子の懐妊を祝う。そんな中、公任は「皇子であったらややこしいことになるな」と口にした。行成は一条天皇の第一皇子・敦康親王(渡邉櫂)が次の東宮になるのが道理だと返すが、公任は「敦康親王の後見は道長だが、もし道長が後見をやめたらどうなる」と気になる発言をした。 道長を信頼する行成は、道長がそんなことをするはずがないと返していたし、道長もまた「次の東宮様のお話をするということは、帝が御位をお下りになる時の話をするということだ」と斉信らをたしなめ、話を終わりにしていた。しかし、公任の発言もふまえ、彰子が無事子を産み、その子どもが皇子だと知った際の場面を見返すと、道長の中に静かに“闇”が広がっているように感じられる。 皆々がほっとした表情を浮かべる中、その場に立ち尽くしていたであろう道長の目は虚だ。愛する娘に子が産まれた喜びを感じていないわけではないはずだが、道長を演じる柄本の表情を見ていると、喜び以上に子どもが皇子であるという事実に衝撃を受け、心の整理がつかないといったようにも見える。現時点では、道長の本心を読むことはできない。だが、公任と行成のやりとりを見返すと、道長の頭に、敦康親王の後見をやめるという考えがよぎったのではないかとも思える。父・兼家(段田安則)のようにはならないと心に決め、行動してきた道長だが、今や彼は父をも超えた。涙を滲ませて微笑むまひろとは対照的に、「皇子であったか……」「皇子……」とうわごとのように呟く道長の姿はどこか不気味に映る。 加えて、まひろに対する道長の言動にもハラハラさせられる。第35回の終わり、まひろと道長の仲睦まじげな様子を左衛門の内侍(菅野莉央)が物陰から見ていた。劇中、左衛門の内侍が赤染衛門(凰稀かなめ)にまひろと道長のただならぬ関係をそれとなく伝えていたが、すでに女房たちの間で2人の関係は噂になっている。そんな中、道長は「五十日の祝」の場で公任に話しかけられるまひろを見留めると「藤式部」とまひろを呼び寄せる。「なんぞ歌を詠め」と命じた後、まひろが見事な歌を披露すると、それに呼応するように歌を交わした。 まひろが藤壺へ来てからの道長の行動は大胆だ。度々、まひろの局を訪れては言葉を交わし、時にはともに空を見上げる。左衛門の内侍でなくとも、まひろと道長が互いを信頼し合う様子を目撃していれば、彼らが特別な縁で結ばれていることなぞ一目瞭然だ。道長としては、娘のために学問の才に溢れた女房を呼び寄せて歌を詠ませたまで、と考えているのかもしれない。 だが、まひろを呼び寄せる道長のまなざしは、女房の一人を呼び寄せるものにしては恋しいものに映ったし、声色にもその心情が感じ取れる。阿吽の呼吸で歌を交わした2人を見てささやく女房たち、そして何かを察したかのように顔を曇らせた倫子(黒木華)の反応を見れば、宮中の女性たちは、少なくとも2人がただの主従関係でないことを悟ったのではないか。第36回は、赤染衛門がまひろに道長との関係を問いただす幕引きとなった。心に“闇”を広げたように感じられた道長の今後の言動は、宮中でのまひろの立場をますます危うくするかもしれない。 とはいえ、第36回は不穏な場面ばかりではない。特に、彰子の変化に胸を打たれた視聴者は少なくないはずだ。 彰子はまだ他の女房たちにはそれほど心を開いていないように見えるが、まひろへの信頼は厚い。一条天皇を驚かせるために内緒で漢籍を学びたいと打ち明け、学ぶ意欲を見せる彰子の表情は明るい。出産を前に不安を抱えながらも、まひろの言葉に安堵した様子を見せたり、無事に出産した我が子を愛おしそうに見つめて穏やかな笑顔を見せたりといった姿が印象に残っている。 そして最も印象的なのが、一条天皇が子に会うため土御門殿に行幸した際の彰子の姿だ。彰子は薄紅色の衣ではなく、澄んだ青色の衣を羽織っている。青色は、彰子がまひろと2人きりの時に打ち明けた、彼女が本当に好きな色。顔つきにも変化があった。これまでは誰と話すにも伏し目がちだった彰子が、一条天皇の顔をしっかりと見るようになっていた。一条天皇が子を抱き上げる姿を見上げる晴れやかな表情には、父・道長に感じた“闇”とは対照的な“光”が感じられた。
片山香帆