石井岳龍監督、何度もとん挫した『箱男』ベルリンで世界初上映に万感の思い 永瀬正敏・佐藤浩市・浅野忠信も参加
ドイツで開催中の「第74回ベルリン国際映画祭」で現地時間17日夜、ベルリナーレ・スペシャル部門出品作の映画『箱男』の世界初上映が行われ、石井岳龍監督と、出演した永瀬正敏、佐藤浩市、浅野忠信らがレッドカーペットや上映後のQ&Aに登場し、会場を大いに盛り上げた。 【画像】ベルリンから届いた『箱男』レッドカーペットや上映後のQ&Aの写真 カンヌ、ベネチアと並ぶ世界3大映画祭のひとつ、ベルリン国際映画祭は、今月15日にドイツ・ベルリンで開幕。映画『箱男』は安部公房の同名小説が原作。段ボール箱を頭からすっぽりかぶり、のぞき窓から世界を見つめる箱男という存在を通して、人間と現代社会のありようを照らし出す作品だ。 石井監督が32年前に企画し、1997年に永瀬と佐藤をメインキャストにドイツ・ハンブルグで日本とドイツの合作映画として撮影される予定だったが、ハンブルクでのクランクイン前日に日本側の製作資金の問題でとん挫。だが、監督はその後もあきらめず、今回、新たな脚本、製作体制で作品を完成させ、原作者・安部公房の生誕100周年の節目に、ドイツでの世界初上映を実現させた。 Zoo Palast(ツォー・パラスト)の行われた公式上映後、石井監督&キャストが登壇すると、劇場を埋め尽くした800人ほどの観客から惜しみない拍手が送られた。 石井監督は「当時撮影予定だった作品は本作とはかなり違って、もっとスラップスティックギャグという感じでした。そのあと何度か立ち上げようとしてきましたが原作者の安部公房さんが亡くなってしまい、原作権が安部さんの娘さんに移られました。その後、もっと原作に近づけてほしいという彼女の意向があったことと、7年間ハリウッドに映画化権が渡っていたこと、またご覧いただいてお分かりになったと思いますが非常にチャレンジングな企画であったため、日本映画界ではなかなか実現が難しく時間がかかってしまったという経緯がありました」と、さまざまな困難があったことを説明。 その上で、「27年前の出来事は非常に残念ではありましたが、機が熟したというか時代が『箱男』に追いついたという気がしています。いままさに『箱男』の時代がきたと思っていて、私自身は今回の映画化をとても気に入っています」と加え、新作への並々ならぬ自信をのぞかせた。 また、原作も読んでいるという熱心な観客から、メタフィジカルな部分もあり同時に哲学的でもある、とても特異な要素を持つ原作を映画化するにあたって、どういう風に作り上げようと思ったのかという質問に対しては、「大きく2つあります。ひとつは、この原作は読者の数だけ違う解釈があると思っています。プラス、読んだ読者自身が“箱男”になるという仕掛けがある小説だと思っています。なのでそれを映画化するには、これを観た観客が全員“箱男”になるということをまず念頭に置きました。次に、この原作には謎がいくつかあって、例えば“箱男”は誰かということ、また原作内で唯一記号ではなく名前が付いている戸山葉子さんという人がどういう人なのかということ、それをこの映画で解明しようと考えていました」と明かした。 主演の永瀬は、深夜の上映のため観客の帰りを気遣う言葉で会場を和ませると、「僕は27年前からこの作品に携わらせていただいていますが、当時撮影が中止になる瞬間にも立ち会っています。クランクイン前日に、ハンブルグの街にいる箱男の写真を撮りましょうと皆がホテルのロビーに集まっていたときに、監督がプロデューサーに呼ばれていなくなったと思ったら少し経って歩いて行かれるのが見えて、あれどうしたのかな…と思っていたら『この映画を中止にします』と言われたんです」と当時の衝撃的な出来事を振り返った。 「そして27年経って一度とん挫した映画がまた完成するというのは世界でも稀にみる企画だと思っています。監督の原作に対する思いの強さを感じましたし、そのワールドプレミアを同じドイツでできるというのは何とも言えないストーリーだな、と思っています」と偶然か必然か、本作がもたらした奇跡を感慨深げに語った。今回新たに出演することになった浅野は「そういう意味では、僕は27年前には参加していなかった俳優ですので、“ニセ医者”の役にはぴったりだったかなと思っています」と差し込み、笑いを誘っていた。 石井監督から直々に27年前の映画との違いを話してほしいと振られた佐藤は、「この映画の中で名前が出るのは看護師の彼女だけ。あとは“わたし”だったり“軍医”や“ニセ医者”だったり固有名詞がなく記号であるということ、そして“箱男”たちが自分たちの手帳、メモ帳に捉われて、それが自分たちのアイデンティティのすべてになってしまう、その描写がより強調されているのが前回のものと本作が大きく違う部分かなと思っています」と自身の見解を述べていた。 最後に、石井監督が外山葉子役の白本彩奈が舞台の本番がありこの場に登壇できなかったことに触れ、彼女が新人女優であることを説明すると観客から賞賛の拍手が巻き起こっていた。