部下から率直な意見を引き出す質問の技術
■上手に質問する方法を学んだリーダーは少ない リーダーの地位にある人たちに尋ねれば誰もが言うように、彼らにとってとりわけ難しい課題の一つは、フィルターを通さずに、周囲の人たちから正確な情報を引き出すことだ。リーダーたちはしばしば、自分が受け取る情報の多くが取り繕われていたり、欠けている要素があったりするのではないかと疑っている。 彼らも知っての通り、メンバーはたいてい、組織に大きな恩恵をもたらすアイデアや経験、フィードバックを持っている。問題は、リーダーたちが本当のことをすべて聞かされているかどうか確信を持てないことだ。 このような疑念は、あながち的外れなものではない。ある研究によると、働き手の85%以上は、上司に伝えるべきことを伝えなかった経験があると回答している。また、別の研究によると、実験参加者のうち、ほかの人が恥をかかないために役立つフィードバックを実際に提供した人は、わずか2.6%に留まった。 このように口に出されない情報は、リーダーにとって極めて魅力的な未開拓資源といってよい。ところが、ほとんどのリーダーは、どうすればその資源に安定的にアクセスできるのか見当がつかずにいる。 この問題を克服するためによく実践されている戦術としては、ほかの人の視点で物を考えたり、相手のボディランゲージを読み解こうとしたりする方法がある。しかし、こうしたやり方では不十分だ。研究によると、周囲の人たちが本当に考えていること、感じていること、そして知っていることを知りたいと思えば、確実な戦略は一つしかない。それは、相手に尋ねることである。 残念なことに、これを上手に行う方法を教わったことがあるリーダーはほとんどいない。好奇心より確信、謙虚であることより自信満々であることが高い評価につながりやすい文化の下では、上手な尋ね方と聞き方を実践しないまま、昇進するケースがあまりに多い。質問することは、それによって最も大きな恩恵を受ける人──つまり、賢明で、成功を収めている人たち──にとって、とりわけ難しい場合が多いのだ。 ■「アスク・アプローチ」 幸い、このような状況は改めることができる。筆者はこれまで25年以上にわたり、起業家、企業幹部、世界のトップリーダーを対象とするコンサルタントとして仕事をしてきた経験を持つ。その経験を土台に、まわりの人たちの秘められたインサイトを有効に、効率的に、そして安定的に活用し続けるために役立つ5つの行動パターンを見出し、そのアプローチに磨きをかけてきた。 この方法論──筆者は「アスク・アプローチ」(Ask Approach)と呼んでいる──は、クリス・アージリス、ダイアナ・スミス、デイビッド・カンターといった筆者の知的メンターたちの画期的な研究と、最新の研究成果、そして筆者自身のリーダー経験を通じて獲得した教訓を組み合わせたものである。筆者はこれまで、このアプローチによりコミュニケーションのあり方が大きく様変わりし、学習への道が開かれた実例をたびたび目の当たりにしてきた。この手法は、業種や環境の違いを越えて効果が見られる。 ■「アスク・アプローチ」の実践 「マヤ」と「ダン」は、筆者がこれまで実際に接してきたリーダーたちを集約した架空のキャラクターだ。マヤは、ある大企業のリテール部門を率いるモーレツ型の事業部長。担当部門の事業を合理化してコストを削減するよう、自社のCEOから激しいプレッシャーを受けている。その課題を達成するために、マヤがオペレーション責任者として採用したのがダンだった。 ダンは、オペレーションに関して十分な経験を持っていて、ライバル社でめきめきと頭角を現していたスター社員だった。マヤの下で働くようになって、最初のうちは多くの成果を上げた。しかし最近、ダンが率いるチームは、スケジュールを守れなかったり、重要な中期目標を達成できなかったりすることが増えていた。 マヤが厳しく問い質すと、ダンは大人しく話を聞き、改善に努めると約束した。ところが、状況はいっこうに改善しない。強く要求したり、それとなく促したり、直接的なフィードバックを行ったりしても改善が見られず、マヤはダンを解雇したいという誘惑に駆られ始めた。しかし、その決断を下す前に、「アスク・アプローチ」を試すことにした。その試みは、以下のようなプロセスを経て進んだ。 ■1. 好奇心を持って臨む ほかの人たちから学ぶための最初のステップは、確信から好奇心へと思考様式を転換させることである。好奇心を持つことを選べば、人は意識的に、ほかの人から学べることがないかと探すようになる。そして、こちらが本当に好奇心を抱いていると相手に伝われば、その相手も本当のことを話そうという意欲が高まる。 それに対し、自分がいま起きていることを理解できているという強い確信を持っていれば、好奇心を抱くことは難しい。では、そうした確信を振り払うには、どうすればよいのか。そのためには、以下の3つを自分自身に問いかけるとよいだろう。 ・この人物や出来事に関する情報で、私が見落としているものはないか。 ・私は意図せず、懸念している問題を助長してはいないか。 ・私が気づかないまま、ほかの人たちが直面している問題はないか。 マヤは、これらの問いを検討しようとして、すぐに思い至った。自分がいま持っている知識だけでは、これらの問いに答えることができない、と。足りない情報を集める必要があったのだ。マヤはそれまで、ダンが問題の原因だという確信を抱いていたが、これらの問いを投げかけることを通じて、新しいことを学べる可能性が開けてきたのである。 私たちはしばしば強い思い込みを抱いてしまうので、これらの問いを友人や相談相手と一緒に検討することも非常に有効だ。みずからの思考を後押しし、ほかの人の視点でものを考えるきっかけをつくってもらうことに、特に価値がある。 ■2. 安全な環境をつくる あなたがほかの人たちから学びたいと思っているとしても、相手があなたに大事なことを話したいと思っているとは限らない。実際、エイミー C. エドモンドソンらの研究によると、人が重要なことを語りたいと思う度合いは、その人の感じる心理的安全性の度合いに大きく左右される。ところが、リーダーたちは往々にして、まわりの人たちがどれくらい「安全でない」と感じているかを軽く見すぎている。この傾向は、異なる環境にある人同士だったり、一方が他方に対して権限を振るえる地位にあったりする場合は、特に際立っている。 この問題を克服するためには、以下の戦略を試すとよい。 ・意思疎通しやすい環境で話し合う:相手が率直に語りやすいと感じられる時間と場所を選ぼう。その場所は、相手の「縄張り」でもよいし、オフィスの外でもよい。相手が好ましいと言う場所なら、どこでもよい。 ・心を開く:立て続けに問いを投げかける前に、あなたが問いを発する本当の動機を相手に伝えよう。そうすることで、相手を疑心暗鬼にさせないことが重要だ。その際は、あなたがどのような悩みを持っているのかも話そう。これまで育んできた好奇心をいまこそ表現する時だ。 ・レジリエンスを持っていることを示す:あなたの周囲の人たちは、厳しい現実を話すことにより、あなたを不快にさせたり、怒らせたり、あなたとの人間関係を危うくしたりすることは避けたいと思っている。そこで、相手には、率直な話を聞かせてほしいのだと伝えよう。そして、その話を聞いて自分がどのような感情を抱いたとしても、相手の責任だとは考えないと約束しよう。ただし、約束はしっかり守らなくてはならない、というのは忘れないこと。 マヤは、自分のモーレツ型のスタイルのせいで、ダンがチームの苦境の根底にある問題を打ち明けられないのかもしれない、と気づいた。ダンに本当のことを語ってもらうには、話しても安全なのだと思わせなくてはならない。そのような状況をつくるのは自分の役割だと、マヤは理解した。そこで、お互いにとって都合のよい時間に、静かな会議室にダンを招いて話し合うことにした。 「ダン、最近あなたのチームがスケジュールに遅れていることについて、私はあなたに厳しい態度を取ってきました。お互いにとってつらい状況だと思います。どうすればよいのか見当がつきません。でも、私が気づいていない要素があるのではないかと思うのです」と、マヤは言った。「もしそうであれば、現状についてあなたの率直な言葉を聞きたいと思います。私にとって耳の痛い話でも聞かせてください」