『虎に翼』ハ・ヨンスが学生時代とは違う“新しい香淑”に “戦後”を背負った芝居の変化
「今日こそは早く帰らねば。愛しの香子ちゃんの元へ」 「香子ちゃんの作るつまみがおいしくてさあ……」 【写真】学生時代の香淑(ハ・ヨンス) 話し合いの最中に居眠りをしているような多岐川(滝藤賢一)は、この“香子ちゃん”をとにかく溺愛していた。語りの尾野真千子に「憶測と偏見です」とツッコまれても、小橋(名村辰)が言うようにこの“香子ちゃん”は、多岐川が遊んでいる若い女性だと思っていた人は多かったのではないだろうか。少なくとも、この時点で“香子ちゃん”が寅子(伊藤沙莉)と縁が深い人であるとは思っていなかったはずだ。だからこそ、その姿を見た時はとても驚いた。 NHK連続テレビ小説『虎に翼』の第53話で寅子は、かつて明律大学女子部でともに学んだ香淑(ハ・ヨンス)と再会した。多岐川の言う“香子ちゃん”とは、香淑のことで、彼女はどうやら寅子の同僚の汐見(平埜生成)の妻らしい。 香淑は、女子部に進学した朝鮮半島からの留学生。この時から日本語が堪能で、寅子やよね(土居志央梨)、涼子(桜井ユキ)や梅子(平岩紙)とすぐに仲良くなり、行動をともにするようになった。法律を学んだのは東京帝大で法律を学んだ兄が、「法の知識があれば日本でも朝鮮でも重宝されるはずだ」と勧めてくれたから。香淑は寅子たちと切磋琢磨し、明律大学の法学部にも進んで高等試験を受けるまでになった。だが、寅子と同じく1回目の高等試験には不合格。寅子が「雲野法律事務所」で働く一方、香淑は、甘味処「竹もと」で働きながら女子部全員で次回の合格を目指していた。 しかし、だんだんと戦争が激化し始める。香淑の兄は出版社で文芸誌の編集をしていたが、同僚の朝鮮人が捕まったことをきっかけに特高に目をつけられるようになり、一緒に住んでいた香淑もマークされるようになってしまう。しかも、香淑は特高の事情聴取を受けた際、「高等試験を“受けられる”のと“受かる”のは別の話だ。朝鮮人で、思想犯の疑いがある兄を持つ君を受からせるやつがどこにいる」と言われてしまう。おそらく、聡い香淑はこの言葉で、自分はいい点数を取っただけでは高等試験に合格できないということを悟ったのではないだろうか。でも2回目の高等試験のために頑張っている仲間がおり、その結果は女子部の新入生募集にも関わる。少しでも役に立ちたい。だから、香淑はなかなか自分の状況について言い出すことができなかった。 それでも、全ては命があってこそ。香淑はよねの「朝鮮に帰るなら今しかない」という言葉に後押しされ、高等試験受験前に帰国することに。寅子たちは“最後の思い出作り”に5人で海へ。思いつきだったこともあり、空は曇り空で海辺はどんよりとしていたが香淑は嬉しそうだった。そこで、涼子が「お国のお言葉でのあなたのお名前は?」と聞いた。香淑は砂浜に「崔香淑」と書き、「チェ・ヒャンスク」と読んだ。それまで香淑は「崔さん」や「香淑(こうしゅく)さん」と呼ばれていたが、これをきっかけに“ヒャンちゃん”と呼ばれるようになった。この海辺でのシーンは、今でも寅子が女子部のメンバーを思い出す時に流れてくるものである。寅子の仲間は、当時はそれだけで立場の弱い存在であった「女性」であるということ以外に、それぞれに“地獄”を抱えていた。香淑には国と国が対立していた「時代」と「人種」の壁が大きく立ちはだかった。 香淑役のハ・ヨンスは、「今まで(学生時代)はちょっと子供っぽく演技をしていたんですけど、これから演じる予定の新しい香淑は演技的に使う筋肉を抑えようと思ってます」と放送前のインタビューで語っていた。(※)このときは初登場時と日本を離れるときとの違いを語っているのかと思ったが、文字通り“新しい香淑”として『虎に翼』に帰ってきた。ハ・ヨンスの学生時代とは違う、“戦後”を背負った新たな芝居をこれから見ることができそうだ。 香淑が戦争を生き延び、「すべての国民は法の下に平等である」ことが明記された新しい日本国憲法のある日本で生活していたことはとても喜ばしい。しかも香淑と寅子は偶然にも再会できたのだ。もっとせっかくの再会を喜べたら良かったのに、寅子に気づいた香淑は気まずそうな顔を見せ、目をそらした。一体、彼女にどんなことがあったのだろう。 参照 ※ https://realsound.jp/movie/2024/04/post-1635624.html
久保田ひかる