「極悪女王」を観て痛感したゆりやんレトリィバァの本気と狂気
僕が少年時代だった1980年代から90年代、プロレスの悪役(ヒール)は本当に怖かった。 【この記事に関する別の画像を見る】 サーベルを持っているタイガー・ジェット・シンが試合入場で本当にお客さんを突いてしまうのではないかとビビったし、防具を付けていない相手に竹刀を振り回す上田馬之助は犯罪行為なのではないかと憤慨していた。 その気持ちは、僕が子供だったから抱いたものでもある。リアルとファンタジーの区別がつかず、現れた現象をそのまま受け止める年頃だったから、怖くて悪いプロレスのヒールは、善玉(ベビーフェース)にやっつけられるべき。そんなコトを思いながらプロレス観戦をしていた。 僕にとって、そんな時代のトップヒールは、なんといってもダンプ松本だった。人気絶頂だった長与千種・ライオネス飛鳥による名タッグチーム・クラッシュギャルズの対角に常に立ち、悪徳レフェリーも巻き込んだ反則三昧。 クラッシュの二人はいつも流血させられているのに、当のダンプは敵の血がついた姿・黒を基調としたメイクで敵をあざ笑い、攻め続ける。クラッシュファンのブーイングをエネルギーに躍動し続けていた。 怖いけど自分を貫いていて格好良い。当時のダンプは自分にとってダークヒーローだった。 そんなダンプ松本を扱ったNetflixオリジナル作品「極悪女王」が配信されたとなれば、これは観てみるしかない。大人になって、プロレスをはじめいろいろなことを少しずつ知ってきた自分が、当時をどう振り返られるのかが楽しみな作品でもあったのだ。 ■ プロレスに大切な「説得力」は極悪女王で十二分に伝わった 「極悪女王」は全5話。各話60分~82分の構成になっている。僕が子供時代に体感した、おっかないダンプ松本は第3話の終盤から登場している。そこまでは幼少期・家庭の事情・プロレスラーとしての修行時代が描かれたものだ。これはこれで壮絶で、ダンプ松本という人間の複雑さがよく描かれている。 プロレスのような特殊な業界のドラマって、演者に説得力がなければ視聴者は一気に冷めると思う。ヘナヘナ、もしくはぶよぶよのスタローンが主役のロッキーは盛り上がらなかっただろう。 その観点で見ると、ダンプ松本を演じたゆりやんレトリィバァ・長与千種を演じた唐田えりか(画像右)・ライオネス飛鳥を演じた剛力彩芽(画像左)を始め、すべての選手を演じた人が身体を作り、プロレスの練習を続けてきたことが分かる。そりゃ、実際の選手よりは一回り小さいと思うよ。けれど、何十年もプロレスを観戦していた僕が「身体を作ってきたなあ」と感じるには十分だった。 特に自分が感心したのは、技を受けるところ。見たところほとんどのシーンで俳優本人が受けていて、反則攻撃や椅子へのホイップ、ブレーンバスターで投げられたり、関節技を極められているところなど、ちゃんと俳優さんが受けているのが素晴らしい。 撮影に2年くらいかけた、などと聞いたけれど、その間しっかり練習したんだろうな。プロレスラーがどう評価しているかは知らないけれど、プロレスファンは十二分に凄いと思って観たよ。長与千種役はちゃんと長与千種が実技指導していたりもするので、往年のファンも懐かしいフォームを観られるんじゃないだろうか。 プロレスで感激するところは、選手の身体・技・マイクに説得力があるところ。興業団体だから相手が試合できなくなるような怪我をさせるようなことをわざとすることはないけれど、「おいおいおい大丈夫?」などとファンが感情移入できる説得力を魅せるレスラーは一級品だ。 極悪女王のレスラーたちは、そんな説得力も魅せられていた。 ■ プロレスをきっちり描いたことでプロレス外の描写が活きる 極悪女王はダンプ松本の幼少期から全盛期あたりを描いた作品なので、プロレスシーンがすべてではない。 当時のプロレス界のきな臭そうなところとか、リングの外の描写も面白くて。冒頭に「プロレスの悪役(ヒール)は本当に怖かった。」って書いたんだけれど、ダンプ松本が世に出たときは、今で言う誹謗中傷や差別の、もっと大きな問題がダンプ松本周辺に出ていることも描かれている。 アンチからの手紙、藁人形、父親が仕事でつかうダンプカーへのいたずら書き、団体内での孤立。これらを全部飲み込んでダンプ松本がトップヒールになる変化も、見所になっているんだと思う。自分が子供のころに感じたあのダンプ松本の怖さは、こういうリアルに基づいていたものなのかな。 ■ リアルとファンタジーの狭間にある本物の狂気 プロレスの悪役は今だって怖い。怖いけれど、当時と比べて情報量が雪崩式に増えてしまっている現在は、個々のプロレスラーの役割が見えてきたり、悪役とはいえ炎上リスクのある発言ができなかったりと、現代的にまとまりを見せている一面もある。悪役の選手も、なんかクールだよね。 けれど、当時はそれが無かった。そして、子供の頃に感じたダンプ松本の恐怖と狂気は、現代になってゆりやんレトリィバァの本気によって蘇ってきた。 ヒールとベビーフェイスは試合を離れても仲が悪いのかな。それとも人の見ていない所では普通に接しているのかな。 何かが起こったとき、これはリアルかファンタジーかと悩むのは、たぶんプロレスだけで得られる感情だ。そして不思議なことに、極悪女王を観終えても、当時の出来事がリアルだったのかファンタジーなのか、判断が難しい。そんな不思議体験は、プロレスだからこそなんだと思う。 長期休暇の時間をとって、本作の狂気がリアルかファンタジーかぜひ判断してみてほしい。
AV Watch,奥野大児