武田真治、『めちゃイケ』時代のダメな自分許せた忌野清志郎さんの一言
連続ドラマ『コードネームミラージュ』で、物語のカギを握る謎の実業家に扮している俳優・武田真治。今年で芸能生活27年目を迎える武田だが、俳優として映画やドラマ、舞台で活躍する一方、バラエティー番組でみせるコミカルな一面や、サックスプレイヤーとして数々のミュージシャンとコラボするなど、幅広いジャンルで活躍し、芸能界において独自のポジションを築いている。そんな彼に、長く芸能界で活躍する秘訣や、故・忌野清志郎さんによって救われたエピソードなどを聞いた。
大きかった『めちゃモテ』『めちゃイケ』との出合い
1990年に単発ドラマ『なかよし』で俳優デビューした武田。その後は、さまざまなジャンルで活躍をみせるが「90年代に活動させていただき始めたとき、僕は『めちゃ×2モテたいッ!』や『めちゃ×2イケてるッ!』に出合って、バラエティーという異種格闘技のリングに頻繁に上がる機会を得ました。そこでは俳優や音楽の現場で培ってきたルールがまるで通用しないことを痛感させられました」と当時を振り返る。 続けて「バラエティーの現場では定期的にそういった概念を壊される。ドレミファソラシド吹けたって何も偉くないことを思い知らされたし、お芝居では人が書いたセリフ言ってるけど、バラエティーではアドリブでストーリーさえも作り上げていくさまを見せつけられました。そういう価値基準を受け入れることで、それぞれの現場でニュートラルな気持ちで取り組むことができるようになったんです」と笑顔を見せる。 こうしたバラエティーの経験によって、さまざまなジャンルに素直に向き合う柔軟性を得たという武田。一方で、これまでは多岐にわたる活動を『逃げ道』と思っていたようだが、最近は「自分を追い込むための『遠回り』だった」と考えるようになったという。 「以前は、例えばツアーを1年ぐらいやったら、そのあと舞台を1年間やって、また違うジャンルにというように、自身の鮮度を保つための『逃げ道』としてこうした活動を捉えていたし周りにもそう言っていたんです。でもよく考えると、ジャンルごとに出会う人が一流の人ばかり、例えば初舞台は蜷川幸雄さん演出だったり、今は宮本亜門さんによく声を掛けていただいていたり、音楽だったら忌野清志郎さんや中村達也さんとご一緒させていただいたり……。そんな人たちと対峙するには、どこかから逃げてきて成せるはずもなく、自分でも知らないうちに自分のペースでちゃんとステップアップしてきたのかなって。だからごくごく最近になってようやく、自分のキャリアを前向きに認められるようになったんです」