『ブギウギ』趣里が“ワクワク”に向かって歩みだす “朝ドラあるある”の遊び心感じる演出も
『ブギウギ』(NHK総合)第19週「東京ブギウギ」は、名曲の誕生を描いた創造の記録だ。羽鳥(草彅剛)が電車に乗っている間に思いついたメロディは、一度聴いたら忘れられない印象的なフックを持っていた。 【写真】『スカーレット』にも出てきた赤ちょうちん「あかまつ」が登場 東京とブギを連結したタイトルは、新しい響きをともなって新時代の到来を予感させる。第90話の羽鳥によると、ブギのアイデアは上海で試し、スズ子(趣里)にも合うと思って長年温めてきたものだ。新しいリズムとメロディが、焼け跡から復興する日本の歩みと重なった。 稀代の作曲家がその天才ぶりをいかんなく発揮したナンバーは、録音にも新機軸が打ち出された。スタジオに米軍の将校を招こうと発案したのはマネージャーの山下(近藤芳正)で、「日本のブギってのを連中に見せつけてやろうじゃないか」と羽鳥も賛同した。歌詞に〈海を渡り響くは東京ブギウギ/ブギの踊りは世界の踊り〉とあるように、アメリカ発祥のブギは米兵たちにうけると考えた。あるいは実際にその目で反応を確かめたかったのかもしれない。 アメリカの将校たちを招いたライブ録音は大いに盛り上がり、会場は即席のダンスホールと化す。羽鳥はブギに対する自身の解釈が間違っていないことを確認し、「東京ブギウギ」の大ヒットを確信したことだろう。のちに一大センセーションを巻き起こし、戦後を象徴する楽曲となった「東京ブギウギ」発表前夜の高揚感が伝わってきた。 歌詞で異彩を放っているのが「ズキズキワクワク」の一節である。「ドキドキ」ではなく「ズキズキ」になった理由について、劇中で多くは語られない。思うにドキドキは期待や不安による胸の高鳴りを表しているが、ズキズキはドキドキを超えてもはや痛みすら覚えるレベルで、それくらい前のめりな未来へ向かう気持ちが表現されている。
痛みの感覚もはっきりと刻まれている。「東京ブギウギ」が発表された1947年(昭和22年)はいまだ戦争の記憶も生々しかった。そんな中で、スズ子が出会った靴磨きの少年のように、人々は明日への希望に胸を膨らませて懸命にその日を生きていた。スズ子自身、痛みを伴う出産を経験し、愛助(水上恒司)の死を乗り越えて、自らの意思でもう一度歌うことを決意した。痛みは眼前にあって誰もがそれぞれの傷を抱えていた。 ズキズキの後にはワクワクが待っている。スズ子も娘の愛子と生きる未来にワクワクしていたのではないだろうか。そのこともあってか、愛子を人まかせにしてステージに立つことは考えられなかった。「ワテはやれるかぎり自分で愛子の世話をしたいんです」とスズ子は言い、稽古場に愛子を連れてくることの了承を得た。シングルマザーのスズ子は、幼い我が子と二人でキャリアの新たな一歩を踏み出した。 余談だが、靴磨きの少年と出会った街角になつかしい屋号が並んでいたことにお気づきになっただろうか。赤ちょうちんの「あかまつ」は2019年度後期のNHK連続テレビ小説『スカーレット』、ジャズ喫茶「ヨーソロー」は同じく2016年度後期の『べっぴんさん』の舞台である。これまでにも、スズ子の実家のはな湯に『カムカムエヴリバディ』の安子(上白石萌音)のラジオが置かれていたり、『おちょやん』『わろてんか』『マッサン』の小道具が登場するなど、遊び心ある仕掛けでファンの目を楽しませている。
石河コウヘイ