「停車前に立たないで」 バスドライバーを精神的に苦しめる“乗客転倒事故”の危険性、解決策はあるのか?
転倒リスクの課題
路線バスの「2024年問題」が顕在化し、ドライバー不足、人手不足が叫ばれている。筆者(西山敏樹、都市工学者)は路線バスの研究者なので、この問題についてマスコミやインターネットで意見を述べる機会が多い。 【画像】えっ…! これがバスドライバーの「年収」です(計13枚) 当媒体に「ホンネだらけの公共交通論」という連載でこれまで11本の記事を寄稿し、読者からのコメントを丹念に読んできた。その多くは率直なものであり、現場のドライバーと思われる人たちが書いたものも散見される。 それらを読んでいると、彼らにとって 「乗客のバス車内での転倒」 が大きなストレスになっていることが改めてわかる。
バリアフリー車両の普及
この傾向は、バリアフリーやユニバーサルデザインが問われ始めた2000(平成12)年頃から顕著になった。ノンステップバスやワンステップバスなど、従来にない低床車両が社会に普及し、リヤエンジン(エンジンを後部に搭載する後輪駆動方式)のバス車両は中ドアに大きな段差を持つことになった。 筆者は2007年から2008年にかけて、8輪インホイールモーター方式を採用し、車内の段差をなくしてフルフラットを実現した電気バスの試作開発プロジェクトに取り組んだ。8輪インホイールモーター方式とは、 「ホイールの内側に小型のモーターを付ける方式」 で、8個分のモーターのパワーが出るため、四輪車のような大きなタテの出っ張りも削減できるのだ。 この頃、車内事故を減らす目的で、全国のバス協会を回って車両開発をしていた。バス協会では、中ドアから後方への段差で転倒事故が多発していた。
床材の進化
当時、すでに高齢者や障がい者のバス利用が増えており、バス会社も神経をとがらせていた。低床化の代償として、バス車内での転倒に注意しなければならない構図となった。もちろん、中ドア付近以外でも、車内での転倒事故は以前から、特に雨の日には発生していた。これまで、 ・難燃ゴム配合の床材(難燃性に加え低発煙性を実現) ・リノリウム床材 ・塩ビ床材 などがバスや鉄道車両に採用されてきた。リノリウムは1863年に英国で発明された自然由来の建材である。亜麻仁油に松ヤニ、コルク粉、木粉などを混ぜて作られ、天然染料で着色されており、サステナブルで再度注目を集めている。 バス好きの読者には、古いバスの木製床材もおなじみだろう。上記の素材は、木製床材の後に導入されたものである。 しかし、これらの素材はすべり抵抗値(床の表面がどれだけすべりやすいかを示す指標)に限界があることがわかっている。筆者がある企業と共同研究していた床材は石英石(ダイヤモンド、サファイア、ルビーなどに次いで硬い結晶石)を使ったもので、最適なすべり抵抗値、つまり 「すべりにくく、つまずきにくい」 を実現した。石材は耐久性、耐摩耗性にも優れており、長期的な観点からも環境に優しい素材である。技術は日進月歩である。ドライバーが乗客の転倒の心配をしなくて済むように、車両自体の安全性を高める技術の導入を支援し、ストレスの原因を減らすことが重要なのだ。