詐欺や嘘に騙されてしまう認知科学的理由。人間に備わる「心の理論」とは?
なぜある人にとっては何の変哲もないモノが、別のある人には感情を揺さぶる特別な存在になるのか。こうした問題に答えるのが「プロジェクション」の科学だ。世界を見る時、私たちは心で生成されるイメージを現実の存在に投射し、重ね合わせている。この「プロジェクション」の概念が、今、心をめぐる謎を解き明かしつつある――。最新の研究から人間の本質に迫る知的興奮の一冊、鈴木宏昭さんと川合伸幸さんの共著『心と現実 私と世界をつなぐプロジェクションの認知科学』より一部を抜粋して紹介します。
心とは何か(川合)
まず最初に、川合から簡単に「心の理論」と「表象」という語について、説明しておきたい。プロジェクションとは、私たちの心の働きを探究する科学だからである。 私の二歳になる前の娘が、少し変わった隠れん坊をしていた。いきなり、顔を手で覆うのだ。 私が「どこにいったのかなー」と言って探すふりをすると、キャッキャと喜ぶのだ。最初は娘が何をしているのかがわからなかった。目の前にいたのに、いきなり顔を隠して、どうかしたのかと驚いたが、その年齢の子どもには「心の理論」がないことを思い出した。 つまり、自分からは目の前の人が見えなくなったので、目の前の人も自分を見えなくなった、と考えているのだろう。子どもは自分の知識や心の状態が、そのまま他者にも当てはまると考えてしまう。 心理学や認知科学では、人間には「心の理論」が備わっていることを前提として考える。「心の理論」とは、他者の心の状態や信念を推測し、理解する能力のことを指す。 「人はこの状況下では、こう考えるだろう」というある種の仮説のようなものを持ちながら、我々は他者とコミュニケーションを取っているということだ。詐欺や嘘が成立するのは、騙す側が「心の理論」を駆使し、「こう言えば聞いている人は、こう考えるだろう」「こう言えば聞いている人は、こちらの発言を信じるだろう」と推測し、見事にその通りになるからである。 通常三歳以下の幼い子どもでは「心の理論」が備わっていないとされる。 「心の理論」の有無を調べるためには、次のような問いがよく用いられる。 ①太郎君と花子さんは一緒に遊んでいたが、太郎君は先生に呼ばれたので、おもちゃを二人で一緒に緑色の箱にしまって出掛けました。 ②その後、花子さんはそのおもちゃを取り出して一人で遊んだ後に、今度は青色の箱にしまって家に帰りました。 ③太郎君が再びやってきて、先ほどのおもちゃで遊ぼうとしたところ、緑色と青色のどちらの箱を開けるでしょうか? 講義でこの問題の説明をすると大学生でも間違う人がいるが、正解は緑色の箱である。回答者が知っている状態(おもちゃは最終的に青色の箱に入っている)と、他者(太郎君)の心の状態(おもちゃを緑色の箱に入れたので、緑色の箱に入っていると思い込んでいる)が異なることがわからないと、自分の知っている情報だけを頼りに青色と答えてしまう。 私たちは、このように心の中で作り出した「表象」を他者や物に当てはめながら生活している。表象というのは、イメージと言い換えてもよい。