『きみの色』が観客と共有する特別な“好き” “秘密の園”を持ち続けているすべての人へ
観客しか知らないシスター日吉子(新垣結衣)の秘密
「神様、変えることのできないものについて、それを受け入れるだけの心の平穏をお与え下さい」という、冒頭トツ子が唱え、その後、後半部分をシスター日吉子が唱える「ニーバーの祈り」からも分かるように、「変えることのできるものについては、変えるだけの勇気」を持って、トツ子は学校から姿を消したきみを探しに出かけ、ルイは古書店「しろねこ堂」で見かけたきみとトツ子に声をかける。やがて彼ら彼女たちが「変えることのできないもの」と対峙する強さを、それでも「『好きなものを好き』と言えるつよさ(公式サイトに記載された山田尚子監督の企画書より)」を手に入れるまでの物語が、『きみの色』なのだと思う。 前述したように、本作は、観客と登場人物たちの“好き”と秘密の共有の映画だ。彼女たちの秘めた思いも、トツ子の目から見た、光が溶けあい、混じり合うような美しい世界も、恋の色も。離島に向かう船から見た、ぽわぽわと形を作る山々も。色とりどりに花が咲き乱れる庭で、軽やかに踊るトツ子のジゼルも忘れがたい。学園祭で彼女たちが演奏する場面も素晴らしかった。生徒たちもシスターも、観客として見にきた親や祖母たちも、誰もが盛り上がって我を忘れる中、シスター日吉子が静かに背中を向ける。廊下に出たシスター日吉子が、以前トツ子が上機嫌で自作の曲の元となるフレーズ「水金地火木土天アーメン」を口ずさみながらクルクルと回っていた時と同じように、沸き立つ心を抑えきれずクルリと回転する。その瞬間、かつて彼女がトツ子たちのように少女だった頃の面影が立ち昇るかのようだった。それもまた、私たち観客しか知らないシスター日吉子の秘密だ。その秘めた思いは、この物語が、高校生たちだけのものでないことを証明する。 好きなものを好きでい続けることは、簡単そうに見えて、本当は難しい。誰にも汚されないようにそっと心に抱き続けることが肝要で、だから彼女たちと彼は、大切に、大切に心の中にしまい続け、つかの間その思いを共有し、外に向けて放出することができた奇跡を喜ぶ。そして、その好きなものを好きでい続けることの難しさは、大人になればなるほど痛感するものであったりもする。本作をそんな、心の中に、誰にも侵されることのない「秘密の園」を持ち続けている人たちに観てほしいと思った。
藤原奈緒