38歳でがんになった東大院卒、外資系コンサル出身「激務の母」の生き様に学ぶこと
働き盛りでがんになる――。あなたは想像したことがあるだろうか。だが、治療と仕事を両立する人の声を聞く機会は少ない。仕事や子育て、その他でどんな悩みがあり、どう対処しているのか。 今回は、組織開発コンサルタント会社を起業した2児の母親が、38歳でがんになったケースを取り上げる。 【写真】38歳でがんになった勅使川原真衣さん。2人の幼い子たちと抱き合う彼女の日々はーー ■彼女が「堂々と休める」となぜかホッとした理由 左胸に5cm超の進行性がんがあって、左脇のリンパ節にも転移。ステージ3の乳がん――。2020年6月に勅使川原真衣さん(当時38歳)は、そう診断されたときになぜかホッとしたという。
「がんを理由に堂々と休める、そう思ったからです。あのまま働き続けていたら、『もっと顧客数を増やして、売り上げも上げて』という発想からずっと抜け出せなかった気がします。でも、いのちあっての人生だから、眠たくなったらもう寝ようって、やっと切り替えられました」 当時の睡眠時間は平均4時間。2017年に起業した組織開発コンサルタント会社の代表として、「常に成果を出さなければ」という強迫観念に急き立てられていた。前職の外資系コンサルタント時代は、毎日3時間睡眠の上司に負けまいと必死に働いていた。
「時給換算したら300円程度だったはずです。がんの原因はわかりません。でも、あの頃のハードワークは大きかったと今ならわかります」(真衣さん) 加えて、ワンオペで幼い子ども2人も育てていた。一人で必死に走って、走って、走り続けていた。 2020年9月、左胸と左リンパ節のがん切除手術は成功したが、治療は今も続いている。 ■華やかなキャリアと強い劣等感の狭間 真衣さんは慶応義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)卒業後、東京大学大学院に進学。教育社会学を専攻し、行きすぎた能力主義がはびこる社会を批判的な視点から学んだ。卒業後は、あえて外資系の組織開発コンサルタント会社へ。社会で語られる「能力」がかなり相対的なものだと痛感した。