星街すいせいと『デレステ』コラボはなぜ“異例の事態”と騒がれているのか ゲームとVTuber業界に訪れた「変化」の背景
6周年記念ライブで担当と夢の共演を果たす
去る3月22日に、星街すいせいは活動6周年を迎えた。現在はホロライブに所属する彼女だが、かつては無所属の個人だった。 そんな彼女は当初よりアイドルを目指しており、何度もホロライブのオーディションを受験。2019年5月にホロライブプロダクション内の音楽レーベル「イノナカミュージック」に所属することとなる。その半年後に転籍したことで、当初志望していた「ホロライブ」に所属することができたという“シンデレラ”ストーリーを持つ。 そんな星街すいせいは6周年を迎えた同日に、6周年記念ライブ『SheenderellaDay』をYouTubeにて開催。そこで彼女は、本人にとってはもちろん、それを見守るファンにとっても大きな出来事を成し遂げる。 ライブ中盤、時計が回り、背景が変わる演出から高垣楓の名曲「こいかぜ」(ショートバージョン)のイントロが流れる。明転し、ステージが緑色に照らされると、画面には星街すいせいのバストショットが映し出される。間もなく、星街すいせいから画面がパンすると、そこには高垣楓が立っていた。そして、まず歌い始めたのは高垣楓。ついで星街すいせいと共にコーラスをしたのだ。 そう、星街すいせいは6年の時を経て“担当とデュエット”することができたのだ。これは「アイドルマスター」の歴史においても特異な出来事だろう。 2023年に「アイドルマスター」と「ラブライブ!」のコラボイベント『異次元フェス アイドルマスター ラブライブ!歌合戦』が開催されていた。たしかに、このライブも前例のないイベントではあった。しかし、こちらはあくまで「キャラクターが登場するライブ」ではなく、「キャラクターを演じる声優が登場するライブ」だった。 今回の星街すいせいのように、キャラクター本人が登場して他IPとコラボするというのは、あまり例にないのではないだろうか。 さらに今回のライブで星街すいせいは高垣楓とのコラボ曲「ジュビリー」を歌っている。『デレステ』では3月23日からこの楽曲を使ったイベントを開催しており、ガチャ(ガシャ)で引くことのできる期間限定SSレアアイドルとして、星街すいせいと高垣楓が登場する。 作中において高垣楓が発するセリフの一つに、「私たち、いつも一緒にいますよね。オフでもお仕事でも。いい関係です」という言葉がある。今回の一連のコラボによって、星街すいせいと高垣楓は真に「オフでも仕事でも一緒」の関係になったともいえる。VTuberならではのユニークな現象だろう。 ■「vα-liv」から見るVTuber――VTuberとアイマスが横並びになる時代に? 今回の星街すいせいのコラボには、現在「アイドルマスター」シリーズが掲げる「PROJECT IM@S 3.0 VISION」なるコンセプトが大きく関わっていると思われる。これは2025年で20周年を迎える「アイドルマスター」シリーズが、その先の未来を見据えた更なる進化を目指して策定した新事業戦略のことだ。 これまで「アイドルマスター」シリーズでは、2018年にDMM VR THEATERでMRライブを開催して以降、映像配信プラットフォーム・SHOWROOMで「アイドルマスター」の登場アイドル・星井美希が生配信を行うなど、アイドルたちがゲームの中から飛び出して、現実の世界で活躍するような取り組みを行ってきた。 バンダイナムコは「PROJECT IM@S 3.0 VISION」において「CRE@TE POWER WITH YOU! あなたらしさが、きっと誰かの力になる。」をスローガンに掲げており、「アイドルプロデュース体験と複合現実を組み合わせた取り組みを強化する」と発表している。 この新事業戦略の取り組みのひとつとして発表されたのが、2023年に始動した新プロジェクト「vα-liv」だ。同プロジェクトでは3人のアイドル候補生がYouTubeのライブ配信を通じて歌のレッスンやゲーム実況などに取り組む様子を届けている。 3人の候補生たちは「アイマス」シリーズに登場するアイドルたちを「○○先輩」と呼ぶなど、同プロジェクトは一貫して「アイドルマスターの世界観」のうえで成り立っており、こうした要素が一部のプロデューサーの間で話題となり、注目を集めている。 はじめこそ候補生たちを競わせ、オーディションで支持が得られなかったら活動を終了させる――いわゆる「サバイバルオーディション」形式を採用したことが物議を醸していた。しかし、1年を通して彼女たちの成長や涙、笑顔が交錯する様子を見てきたことで、熱意を持って応援するプロデューサーも少なくない。 そして、「vα-liv」は世界観こそ「アイマス」シリーズとリンクしているが、そのコンテンツの供給方法は“VTuber的”であるといえる。 「VTuber」として活動する者の多くは、雑談やゲーム実況、歌枠をライブ配信したり、動画を投稿し、X(Twitter)などで発信を行うのが一般的だ。節目においては3Dモデルや「新衣装」としてビジュアルの異なるアバターを公開する「お披露目」配信を行うこともある。 「vα-liv」の候補生たちも、そんなVTuberたちと同様の配信をこれまで行ってきており、「現実に存在しながら、アイマスの世界観にいる」という、現実とゲームの世界が交錯する様子をうまく演出できていたように思う。 またこうした動向の中で、星街すいせいと同じくホロライブに所属する鷹嶺ルイは『東京ゲームショウ2023』のステージイベントで候補生たちと共演しており、すでにこの時には「vα-liv」のプロモーションとしてVTuberを活用する動きは存在していた。 今回の星街すいせいとのコラボも、共通して20~30代に支持層を持つ「アイマス」コミュニティと「VTuber」コミュニティを接続させ、新規層を獲得する狙いがあるのではないだろうか。 VTuberの特徴は、現実とフィクションに対してグラデーションを持っているということにあると筆者は考える。活動にストーリー性をくわえて展開すればフィクション的な存在にみせられる一方で、実際に起きた出来事(たとえば現実で開催されるイベントや天気、社会情勢など)をリスナーと分かち合うことで現実的、少なくともフィクションではない感覚を覚えることが出来る。 こうした特徴を踏まえれば、“現実”と“アイマスの世界観”を交錯させるためのハブとしてVTuberは適役であるといえるのではないだろうか。 ■プロモーションの成功事例も後押しか? こうしたVTuberとゲームIPの接近については、過去の成功事例もその動きを後押ししているだろう。VTuberが「アイマス」のプロモーションをおこなう事例は2020年のVTuber事務所・にじさんじに所属する月ノ美兎、樋口楓によるライブ配信を皮切りに、これまで幾度と行われてきた。 なかでも2023年の「シャニマス歌ってみたキャンペーン」では、壱百満天原サロメがバンダイナムコエンターテインメント提供のもと「SOS」を歌った動画が再生数360万回を越え、同キャンペーンに多くの歌ってみた動画が投稿されるきっかけとなっていた。 ■“これからもアイマスですよっ! アイマスッッ!” 過去、2011年発売のプレイステーション3版『アイドルマスター2』のダウンロードコンテンツとしてVOCALOIDの初音ミクが登場したことがある。 その際はライバルキャラクターという登場のため、直接の操作はできない形だった(PV閲覧などは可能だった)。そのため、扱いとしては今回の星街すいせいとのコラボ事例のような環境からは一歩引いた状況にあったといえる。 当時からすでに動画投稿プラットフォームにゲーム実況を投稿する文化はあったが、今や一定の基準やガイドラインを守ることで個別の許諾を取らずに実況動画を投稿できる環境になっている。ゲーム業界の常識やIPビジネスの宣伝手法も時代と共に次第に変化している。今回の星街すいせいコラボはそんな時代の変化を思わせる出来事だったように思う。
古月