アルフォンソ・キュアロン、「これまでの自分の映画のやり方で」臨んだ初のドラマシリーズ「ディスクレーマー」語る
オスカー俳優のケイト・ブランシェットとケビン・クラインが主演を務め、5度のアカデミー賞受賞を誇るアルフォンソ・キュアロンが脚本、監督を担当する「ディスクレーマー 夏の沈黙」が、Apple TV+で配信中だ。このほど、来日したキュアロン監督に話を聞いた。 ※この記事には本作のネタバレとなる記述があります。 キュアロン監督にとって、初のドラマシリーズとなる本作は全7話構成のサイコスリラーだ。 人々の悪事や犯罪を暴くことで名声を築いてきたジャーナリストのキャサリン(ケイト・ブランシェット)は、一冊の小説「行きずりの人」を受け取る。そこに描かれていたのは、若き日のキャサリンの夫と息子とのイタリア家族旅行。夫は一足先に帰国、キャサリンは息子がいながらも現地で出会った若い男との情事に溺れ……という物語だった。家庭を破壊しようと目論む作者の正体を明らかにしようとキャサリンは奔走する。その一方で、小説を出版したスティーヴン(ケビン・クライン)にも、その行動には大きな理由があった……という物語。 ブランシェット、クラインのほか、サシャ=バロン・コーエン、レスリー・マンビル、コディ・スミット=マクフィーらが名を連ね、撮影監督はアカデミー賞受賞のエマニュエル・ルベツキ、ブリュノ・デルボネルの二人体制。音楽作曲はアカデミー賞、グラミー賞受賞歴を持つフィネアス・オコネルと、名実ともに世界トップクラスの俳優、スタッフの超豪華布陣で臨んだ。 キャリア初のシリーズ作として、本作を選んだ理由は、原作者のレネ・ライトから、出版前の小説を受け取っており、いつか映像化したいと考えていたからだそう。 「非常に面白い題材だと思いましたが、映画として撮ると、一般的な尺では無理だと思ったので、その時は手をつけませんでした。今回、シリーズのフォーマットの企画が上がった時に、この作品でやってみようと思ったのです」 「原作からアダプテーションを行うとき、私は、まず自分の頭の中で、映像の順、どのように撮るかということをイメージし、そして、物語の要素から何をキープし、何を省くかを考えます。今回はその多くが原作に忠実と言えます」 キャサリンが体験した出来事を、複数のタイムライン、様々な人物の視点から描き出し、本当の犠牲者は誰なのか?――と1話ごと鑑賞を進めるたびに、人間の心の迷宮と真実が明らかになっていくサスペンス性に溢れた構成だ。 「この物語は、見る人や、その人の内部にあるものによって、非常に印象は変わると思います。それは、物語が複数の人物の視点から描かれており、一人称、二人称、三人称、それぞれの形式で語られるナレーションを挿入しました。ですから、自分のこと、あるいは他のことを話す時にその出来事が誰の口から語られるか……そこでどのように真実が変わってくるのか……そういったアプローチを採用しました」 映像面においてもキュアロン監督は、ニ人の撮影監督を起用し、エマニュエル・ルベツキはキャサリン、ブリュノ・デルボネルは、小説を出版したスティーヴンの視点での物語を担当するという贅沢かつオリジナルな手法をとった。 アカデミー賞最多10部門ノミネート 監督賞ほか主要3部門受賞した「ROMA ローマ」はNetflixオリジナル映画として製作。今回はAppleのストリーミングサービスApple TV+向けとして、Appleスタジオとの仕事となった。近年、映画界で大きな存在感を見せる新興スタジオは、クリエイティビティを最大限に発揮できる環境だったと振り返る。 「Appleスタジオは、自由に、思い通りにやらせてくれ、本当に私は恵まれていました。必要なことは全部整えてくれて、コミュニケーションに関しても、懸念事項もすべて共有することができました。企画がスタートする前に、私は正直に『ドラマシリーズの撮り方はわからない』と伝えました。これまでの自分の映画のやり方でやることしかできない、と。ドラマは早く撮らなくてはいけないという制約がありますが、私にはそれはできません」 「自分の通常の手法、細部やロケーションにこだわりますし、私の作品にとってとりわけ大事な要素が光です。光を捉えるためには、セッティングなどにとても時間がかかります。ですので、ドラマと映画の仕事の違いは比較できませんが――正直なところ、今回、映画を撮るより時間がかかりました。かなり疲弊もしたので、私の唯一の懸念点は、俳優たちに大変苦労をさせてしまったのではないか、ということです」 著名なジャーナリストであり、同じく社会的に成功している夫を持つが、息子との関係に問題を抱えるキャサリン役は、ブランシェットを念頭に脚本を書き進めたと明かす。プロデューサーも務めるブランシェットと、今回初めて仕事をしての感想をこう語る。 「ケイトは今の時代だけではなく、もしかしたらすでに映画史において非常に重要な役者と言っても過言ではないでしょう。彼女のその類を見ない知性が才能と釣り合っているのです。今回、製作にも加わってくれ、実際に活発に動いてくれました。それは、脚本やキャスティング、編集……とこの作品はある意味すべて彼女の息がかかっていると言えます。ドラマシリーズは、観客を引きつけて全話見続けてもらうこと、楽しませるだけではなくて、一度乗ったら降りられない船のようであり、中毒的な要素が必要です。それにおいて彼女の存在、意見は欠かせないものでした」 キャサリンの若き日を演じたレイラ・ジョージ、ジョナサン役のルイス・パートリッジとの性的なシーンもこの物語のカギになっており、インティマシーコーディネーターのサマンサ・マーレイとともに撮影に臨んだ。 「音楽もスタイルもロマンチックに描いたセックスシーンは、この物語の判断の1つの要素になります。4つのストーリー、スティーヴの視点、キャサリンの視点、そして、家族や同僚の視点と、加えてもう1つ、見る人の目線がそこに加わるわけです。すべてが明らかになる時に、この大胆なシーンとのコントラストを考えたのです」 豪華俳優陣による秀逸なストーリーテリング、 登場人物たちの複雑な心理描写、息を吞むような映像表現と、どんなデバイスで鑑賞しても、キュアロン監督の美しく危険なたくらみに引き込まれる。本シリーズは、ベネチア国際映画祭でワールドプレミア上映され、高い評価を獲得。アカデミー賞史上最長の候補作品となる可能性もある、という報道も出ている。 「ディスクレーマー 夏の沈黙」はApple TV+で全話配信中。