異例の形。浦和はなぜ渡邊凌磨のSB起用にこだわるのか。「話し合いの中で…」指揮官からのメッセージと狙い【コラム】
明治安田J1リーグ第5節、浦和レッズ対アビスパ福岡が30日に行われた。浦和は先制されながらも後半に2点を奪い、2-1の逆転勝利を収めている。試合の流れを変えたのは59分の交代。本職左SBの大畑歩夢が入ったが、左SBを務めたのは本職MF渡邊凌磨のままだった。なぜ指揮官は渡邊のSB起用にこだわるのか。(取材・文:元川悦子) 【動画】浦和レッズ対アビスパ福岡 ハイライト
●「自分たちも迷いながらやってる感覚」 3月の代表期間が明け、中断していたJ1リーグが再開。今季、優勝候補筆頭と目されながら、開幕4戦を1勝2分1敗の13位と出遅れを余儀なくされた浦和レッズは30日、アビスパ福岡をホーム・埼玉スタジアムに迎えた。 浦和対福岡と言えば、2023年のYBCルヴァンカップ決勝と同カード。昨年11月4日の東京・国立競技場での一戦は、浦和が押し込みながらも堅守の福岡に跳ね返され、1-2で苦杯を喫している。5ヶ月前と同じ轍を踏むことだけは許されなかった。 ペア・マティアス・ヘグモ監督は17日の前節・湘南ベルマーレ戦から3枚替え。興梠慎三、関根貴大、小泉佳穂に代わってチアゴ・サンタナ、大久保智明、岩尾憲を先発に抜擢した。ケガで長期離脱していた大久保の復帰はチームにとって朗報。この日は右ウイングに前田直輝、左ウイングに大久保というダブルレフティが並ぶことになった。 彼ら両翼が積極的に仕掛けて、福岡の堅守をこじ開ける展開が期待されたが、前半の浦和は相手のマンツーマンディフェンスに苦しんだ。特にサミュエル・グスタフソン、岩尾、伊藤敦樹の中盤3枚のバランスやポジショニングには苦慮している様子だった。 「敦樹と目を合わせながら、サミュエルともコミュニケーション取りながら、少しずつポジション変えてやってみたんですけど、自分たちも迷いながらやってる感覚があって、効果的にボールを運んだり剥がせなかった」と岩尾も連係面の難しさを吐露していた。 ●3~4分間続いた浦和レッズの異例の形 相手もそこを狙ってくるのが当然だ。うまくかいくぐれたとしても、今度は前田と大久保の両ウイングを2枚がかりで止められる。そういった中、福岡に一瞬のスキを突かれ、Jリーグ初のイラン人選手、シャハブ・ザヘディにスーパーゴールを決められてしまう。湯澤聖人の縦パスが渡邊凌磨の足に当たりながら、ザヘディに渡り、そのまま持ち込まれる形で、渡邊にとっては悔やまれるミスになった。しかも、前半の0-1というのは浦和にとって想定外。巻き返すしかなかった。 そこでヘグモ監督は「前半はダイレクトに狙い過ぎるプレーが多かった。後半はサイドに動かしながらボールをつなごう」と指示。後半スタート時から中盤3人が外への展開をより意識し、酒井宏樹と渡邊の両SBも積極的に上がって仕掛けるようになった。 試合の流れを変える1つのポイントになったのが、59分の大久保と大畑歩夢の交代だ。左SBを本職とする大畑が入るのであれば、当然、渡邊が前に上がると思われたが、大畑が前に入り、渡邊は左SBのままだったのだ。 「昨日の練習終わりに『明日、サイドの前で使うから』って監督に言われました。クエスチョンもありながらも、出たらやるしかないと思ってました」と大畑は戸惑い気味に話していた。 異例の形は3~4分間続き、大畑が中に絞ることで大外の渡邊をフリーにし、より攻撃力を発揮させるという効果が見られた。その成果と言えるのが、サンタナとのワンツーから渡邊がゴール前に飛び込んで左足を振り抜いた62分の決定機。これを見たヘグモ監督は「ゲームをコントロールできる流れになったので、より前に慣れている凌磨を上げて、大畑を左SBに戻した」という。最初から渡邊を上げる選択肢もあったはずだが、あえてそれをしなかったところに「渡邊の左SB起用」に対する強いこだわりが伺えた。 ●「ミスはダメですけど…」 2人が入れ替わった後、前がかりになった渡邊は一段と攻撃的にプレー。推進力と爆発力をもたらした。それが20分の同点弾につながる。酒井宏樹からクロスが上がった瞬間、渡邊のマークについていた湯澤が被る形になり、彼は思い切り右足シュートを放ち、試合を振り出しに戻すことに成功したのだ。 「前半のミスを取り返したい一心で、なるべくゴール前に入りたいと思って中に入っていた。それが結果につながったのかなと思います。 僕は今までやってきたポジションではないSBに入っているからこそ、1つのミスで落ち込まないし、メンタル的に安定していた。ミスはダメですけど、守備で1対1でやられたとか、クロスに被って入れられるよりは、僕からしたら全然いいと思ってプレーできていた。こういう結果に結びつけられたと思います」と渡邊本人は左SBとしてポジティブなマインドを持ち続けていることを明かしていた。 ただ、彼が左ウイングに上がった後の仕掛けやゴール前での迫力を見れば、「渡邊の最適なポジションはやはり前ではないか」という考えを持つ人も少なくないはず。その疑問をあえて指揮官にぶつけてみると、こんな答えが返ってきた。 ●「僕は『攻撃の選手だ』と思っているわけではない」 「昨年プレーしていた左SBが2人いなくなり(明本考浩と荻原拓也)、どうするかという話し合いをした中で、攻撃的な力がある彼を使うのはどうかという話になりました。途中から入る大畑も非常にいい影響力をもたらしていますし、オプションを与えてくれています。左ウイングに松尾(佑介)、関根、オラ(・ソルバッケン)が戻って来れば、さらにオプションが増えます」 つまり、左SB要員には大畑もいるが、パリ五輪代表候補の彼は4月のAFC・U-23アジアカップ(カタール)などでチームを離れる可能性もある。そこは1つのリスクだ。さらに言うと、左ウイング候補には大久保、松尾、関根など複数の選択肢がある。「ならば、攻守両面で仕事のできる渡邊は後ろで使って、そこで成長させていく」ということなのだろう。 渡邊自身も「僕は『攻撃の選手だ』と思っているわけではなくて、『攻撃の選手だったから、やらなくてはダメだよね』というマインドで、今はSBを極めようと思っています」と覚悟を決めている。その能力を引き出すべく、ヘグモ監督もトライを続けている。時に前でも使える彼の存在が浦和浮上のカギになりそうな予感は大いに見て取れた。 渡邊が攻撃の起爆剤になったことも奏功し、68分には前田のドリブル突破からのシュートが福岡DF井上聖也の手に当たり、VAR判定の末にPKに。これをサンタナが見事に決めて、浦和が2-1と逆転に成功。今季ホーム初勝利を飾ることができた。 「(5試合終わって2勝2分1敗は)意外とポジティブ。苦しみながらも8ポイント取れてるのは悪くないかなと思います。欲を言えば、10ポイントぐらい欲しかったですけど、正直、こんなもんかなっていう感じですね。大事なのはここからのリアクション。どういうカーブを描いていくかというのが重要ですね」とキャプテン・酒井宏樹も前を向いていたが、序盤の生みの苦しみをどう今後につなげていくかが何よりも肝要だ。 その過程の中で、左SB渡邊の重要度はより増していくはず。際立った攻撃力を持つ彼をうまく使いこなし、浦和の左サイドがJ1屈指の破壊力を示すようになれば、ヘグモ監督のサッカーは完成に近づく。そういう意味でも注目度大だ。 (取材・文:元川悦子)
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