組織におけるプレーヤーたちの関係性に注目せよ
■プレーヤーたちの関係──以前に描いた図 書籍では、最初から最後まで、情報が直線的に示される。ひとつひとつの単語、ひとつひとつのセンテンスが順番に記されるのだ。日記を書くのであれば、それでも構わない。しかし、それ以外の書籍では、直線的に表現できないもの―本書『ミンツバーグの組織論──7つの類型と力学、そしてその先へ』の場合で言えば、組織の性質―を直線的に表現することには制約がついて回る。図やイラストは、複雑に込み入った現実を視覚的に表現することにより、この制約を克服する役に立つ場合がある。そこで、本書ではふんだんに図やイラストを用いる。 本書の原型になった著作では、組織のプレーヤーたちの関係を示すためにひとつの図を用いた(図表2-3)。底辺に位置するのはオペレーターたちで、その上にラインマネジャーたちが幾層にも重なっている。その頂点に陣取るトップのことは、「戦略の頂」という言葉で表現した。そして、サポートスタッフとアナリストが脇を固める。のちに図を修正して、組織を取り囲む日輪のように文化を配し、周囲にインフルエンサーたちを位置づけた。この図は、旧著のロゴマークのような存在になった。人々はその図を見て口々に、肺みたいだとか、ハエの頭みたいだとか、インゲン豆みたいだとか、女性の卵巣みたいだとか、逆さまにしたキノコみたいだとか、ときにはもっとひどいことも言ったものだ。 しかし、今回この新しい本を書くに当たって改めて考えると、この図を描いた際に自分が古い階層型の組織観を前提に考えていたことに気づいた。といっても、この図を完全に捨ててしまうわけではなく、階層の要素を取り除いて修正することにした。本書『ミンツバーグの組織論』では、さまざまな組織のあり方を描写するために、いくつもの図を用いる。そのなかには、元の図に似たものもあれば、もっと平坦だったり、円形に近かったりするものもある。 ■「チェーン」「ハブ」「ウェブ」「セット」 以下では、組織の構成要素同士の関係について、いくつかの類型―「チェーン」「ハブ」「ウェブ」「セット」―を紹介しよう。組織における活動がどのように進むのか(あるいは進まないのか)を明らかにすることが目的だ。 これらの類型は、結婚式を思い浮かべるとイメージが湧きやすいかもしれない。結婚式というイベントそのものは、「ハブ」(車軸)とみなせる。さまざまな土地から招待客たちが一カ所に集まってくるからだ。ブッフェ形式の料理のテーブルに並ぶ人たちは、「チェーン」を形づくっている。ある料理から次の料理へと、一列で進んでいくからだ。そのあと、テーブルにわかれて着席した状態は、「セット」と言っていいだろう。部屋の中に、いくつものテーブルが並んでいるためだ。しかし、ダンスの時間になると、「ウェブ」(クモの巣)に変貌する。招待客たちが入り乱れておしゃべりをしたり、移動したりするからだ。 ■「チェーン」型 近年、組織のあり方の描写で最もよく見られるのが「チェーン」型だ。「チェーン」では、業務が直線的に進む。たとえば、自動車の製造工程では、「組み立てライン」を先に進むにつれて、部品がつけ加えられていく。野球のダブルプレーでは、ショートからセカンド、そしてファーストへとボールが渡る。 マイケル・ポーターは、組織の組み立て方として「バリューチェーン」という考え方を広く普及させた。組織のロジスティクスのあり方を描写するために、「サプライチェーン」という言葉もよく用いられる。しかし、書籍の記述の流れは直線的かもしれないが、実際に組織で起きていることの多くは直線的ではない。ビジネススクールで、戦略論の教授はなんらかのチェーンを通じてマーケティング論の教授とつながっているのか。病院で、小児科の医師と老年科の医師はチェーンで結ばれているのか(両者を結ぶチェーンがあるとすれば、それはかなり長いチェーンになるだろう)。それに、いわゆる「小売チェーン」も、本当にチェーンとして機能していると言えるだろうか。チェーンを切断して、「ハブ」や「ウェブ」や「セット」に切り分けたほうがいいのかもしれない。 ■「ハブ」型 「ハブ」とは、調整がおこなわれる中心、さまざまな活動の焦点のことだ。「ハブ空港」という言葉は、旅客の乗り継ぎが活発におこなわれる空港を指す。しかし、あらゆる空港はハブの性格をもつ。さまざまな場所から旅客と旅客機が集まってきて、またそれぞれの場所へ旅立っていくからだ。病院にも同様のことが言える。病院には、患者と医療スタッフがあちこちから集まる。もっとも、病院の入院患者もある意味ではハブと言えるかもしれない。院内で入院患者があちこち動くのではなく、たいてい看護師や医師が入れ代わり立ち代わり病室に訪ねてくるし、食事や酸素も病室まで運ばれてくる。大きな航空機の組み立て工程も同じだ。ひとつひとつの部品が置いてある場所まで航空機を運ぶのではなく、それぞれの部品を航空機のある場所まで持ってくるほうが手っ取り早い。また、マネジャーもハブの性格をもつ場合がある。この点は、練習中のフットボールの監督を思い浮かべれば理解できるだろう。 ■「ウェブ」型 建築設計会社のデザインスタジオでは、結婚式のパーティでダンスを踊る招待客たちのように、大勢の人たちがありとあらゆる組み合わせでやり取りしている。チェーンのように決まった順番で動くわけでもなければ、ハブのように特定の中心があるわけでもない。「ウェブ」(ネットワークと呼ぶこともできる)においては、特定の順序や中心なしに、人や情報、モノが自由自在に動く。人や情報、モノは、柔軟に、きわめて多様な方向に動く。(野球のダブルプレーと違って)どの順番で動けばいいかがはっきりしておらず、(病院の入院患者への対応と違って)どこが活動の中心かもはっきりしない状況で、人々が緊密に協力し合う必要がある場合には、ウェブ型の組織を築けばいい。インターネットのワールド・ワイド・ウェブ(WWW)という名の「ウェブ」は、その典型と言えるかもしれない。 ■「セット」型 では、人々が緊密に協力し合う必要がない場合はどうなのか。病院の小児科と老年科、ビジネススクールの戦略論とマーケティング論、さらには、コングロマリット(複合企業)を構成するそれぞれの事業部―分断とはよく言ったものだ―、そして小売チェーンを構成する個々の店舗の関係は、チェーンでもハブでもウェブでもない。それは「セット」とでも呼ぶべきものだ。「セット」では、構成するパーツが緩やかに組み合わされているけれど、互いにつながり合うことはほとんどない。しかし、それらのパーツはさまざまな資源を共有する関係にある(たとえば、大学は、駐車場という資源を共有する教授たちの集合体だとしばしば言われる)。 この種の組織では、一見すると人々が一緒に働いているように見えても、実際にはバラバラに活動している。心臓を切開する外科手術(私が担当していた博士課程の学生のひとりが5時間にわたる手術を受けたことがある)では、執刀医と麻酔科医がひとことも言葉を交わさないケースもある。これは、双方ともに相手がどのような行動を取るかをよく知っているためだ。演奏中のオーケストラでも、演奏家たちは互いにまったく目をやらず、指揮者のこともほとんど見ない場合がある。 博士論文で医療従事者をテーマにしたリズ・ラモットの研究によると、白内障の手術はさまざまなステップで構成されるチェーンのように進む。それに対し、リウマチの治療はハブの性格が強い。しばしば、主治医がほかの分野の専門医の意見を聞くからだ。一方、老年科の治療は、ウェブ型と言えるという。高齢者は、複数の疾患に悩まされている場合が多いためだ。実際、カナダのモントリオールの病院で老年科部長を務めていた医師に言わせれば、患者の症状を最も的確に判断できるのは理学療法士だという。そして、病院では、こうした専門家たちすべてがセットの形で併存している。 私は以前、ある組織がどのように機能しているかという全体像を知りたいとき、その組織のメンバー数人に、「オーガニグラフ」を描いてもらっていた。これは、その組織で業務がどのようにおこなわれているかを、主だったプレーヤーそれぞれの役割を示しつつ描いた図である。このオーガニグラフを作成する際にも、チェーン、ハブ、ウェブ、セットという考え方が非常に役立った。
ヘンリー・ミンツバーグ