「ミスターイット」の愛ときどき“こじらせ”服 王道ショーで覚醒する
モデル25人は、パリを拠点に活動するシュアブ・アリフ(Chouaib Arif)=キャスティング・ディレクターが選んだ。パリらしいシックな空気感を意識しながら、1970~80年代の映画の世界観をイメージしたという。砂川デザイナーがパリの街で録音したという生活音が場内を満たす中、フロントローのゲストはフィナーレを除けばショー中にスマートフォンをほとんど掲げておらず、まるで映画を観るようにモデル一人一人に視線を向けている。ゲストを「ミスターイット」ワールドに引き込んでいた。
王道ショーを選んだ理由
砂川デザイナーが、「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」のメインコレクションと、オートクチュールにあたる“アーティザナル”コレクションチーム在籍時に磨き上げた技術とアイデアは、直球のランウエイショーという王道の発表形式によって覚醒した。今回のショーは、東京都と日本ファッション・ウィーク推進機構(JFWO)主催の「東京ファッションアワード 2024(TOKYO FASHION AWARD 2024)」受賞によるサポートを受けて開催している。ただしサポートとはいうものの、実情は渋谷ヒカリエの無料使用と数十万円のサポートで、演出費やモデル費などはブランド負担。発展途上のデザイナーにとっては、こだわればこだわるほど想像を絶する大金に膨れ上がる。それでも、砂川デザイナーには挑戦したい理由があった。「まず海外にも届けたくて、これまで続けてきたことをさらに思い切ってやろうと考えていた。“変化球のブランド”というイメージもあるが、僕が洋服作りで大切にしているのは、真ん中をしっかり押さえながら、それをどうズラしていくかということ。ランウエイショーでもそういう見せ方がしたくて、自分自身にとって大きなチャレンジだった」。
大舞台を終えた砂川デザイナーの表情は充実していた。「15年にブランドを立ち上げてから楽しく服作りを続けてきたので、その様子を世界中の人に見てほしかった。その思いだけ。だからショー前からめちゃくちゃ楽しみで、緊張も全然なかった」。現在の卸先は国内が20店舗で、海外はゼロ。ブランドとしてはまだ決して大きくない規模でありながら、海外進出の足がかりのために協賛を得て、多額の資金を投じ、直球勝負に挑んだ。結果、スマートフォンのシャッター音さえほとんど許さない、見事な完封勝利だった――と、締めくくりたかったのだが、大阪出身の“こじらせた”男はやはり変化球も忘れなかった。ショーの招待状として事前に届いたのは“ミスター”チルドレンの“Tommorow never knows”の8cmシングルだし、ショー会場には本物のアメフト選手4人をセキュリティースタッフのように配置する謎の演出だったし、ショーBGMはカタコトで「ミスターイットノハジメテノショーデス」という笑っていいのかギリギリのラインだし。「やっぱり、そういうのも入れていかないとと思って」。