【第1回】兵馬俑にみる驚異の写実性
兵馬俑の復元はどう行われた?
現在展示している兵馬俑の姿は、すべて修復されたものです。出土したときはバラバラに割れた状態でしたが、破片と破片をひとつずつ繋ぎ合わせて、現在のかたちに復元しています。 しかし、これがそのまま当初の姿であったわけではありません。兵馬俑が発見されたのは1974年のことであり、始皇帝陵近くの地下に設けた兵馬俑坑に並べてから2000年以上ものあいだ、土中に埋もれていました。そのあいだ、朽ちて残らなかったものも存在しました。たとえば、木・革・布など有機質を材質にしたものは、基本的に土中で朽ちてしまい、せいぜいわずかに痕跡を留めるだけです。
兵馬俑は実在した軍団のコピーですから、もともと役割に応じたさまざまな武器を手にしていました。しかし、弓矢・槍の柄など武器の大部分は木製のため原形を留めていることはまずあり得ません。土中でも腐朽することなく残っていた青銅製武器の一部、たとえば、矢の先端に装着するやじりなどによって、私たちは兵馬俑が武器の実物を装備した状態で配列されていたことをうかがい知ることができるのです。
兵馬俑の写実性は「芸術」の域を超えている
もうひとつ、兵馬俑で残りにくいものがあります。それは表面の彩色です。もともと兵馬俑は皮膚・鎧・衣服など部位によってそれぞれ異なる色が塗られていました。硬いやきものでできた兵馬俑は、土中で割れて破片になっても朽ちることはありません。しかし、表面の彩色は長らく埋もれているあいだにほとんど失われてしまいます。運よく彩色を留めて出土した例もわずかながら知られています。こうした希少な兵馬俑や科学分析によって、将軍俑にも色の塗られていたことが分かりました。将軍俑の鎧は、黄色などで派手に彩られ、細かな文様で縁取られていました。 ギリシャやローマの彫刻は、写実的に表現された人間の肉体に美を見いだして制作されました。しかし、兵馬俑に表わされた写実性は武器の実物を持たせるなど、ギリシャ・ローマ彫刻のそれとは異質なものと考えられます。芸術的表現としてではなく、写実そのものを目的としたとしか理解できないような造形であり、装飾であり、装備なのです。 (東京国立博物館学芸研究部 主任研究員 川村佳男) 東京国立博物館では特別展「始皇帝と大兵馬俑」が来年2月21日(日)まで開催中です。会場では、選りすぐりの兵馬俑10体をじっくり四方から鑑賞できるだけでなく、70体もの精巧なレプリカと高精細画像を使って兵馬俑を出土した巨大遺跡「兵馬俑坑」を再現展示しています。再現された遺跡を背に兵馬俑が整然と並ぶ光景を目の当たりにすると、まるで発掘現場に降り立ったかのような臨場感を味わえることでしょう。