「もしトラ」が促す日韓の新たな協力 窮地の韓国・尹大統領の今後
日韓共同宣言の改定を考える
日本にとって、日米韓の安全保障協力にかじを切った尹政権は好ましい存在です。何か側面支援する手立てはありますか。1998年に発出した日韓共同宣言*の前向きな改定とか―。 *:形式的な歴史和解を確認するもの、と位置づけられている。日本の小渕恵三首相(当時)が植民地支配について反省とおわびを表明。金大中大統領(同)がそれを真摯に受け止めるとともに、国際社会の平和と繁栄に日本が果たした役割を評価した。このとき、日韓関係は戦後最も良好だったとされる 木宮氏:尹政権は日韓共同宣言の改定を「やりたい」と考えています。選挙前に、政府高官がそのような趣旨の発言をしていました。 しかし、日本政府が応じるでしょうか。韓国は政権が変わるたびに対日外交政策を大きく変えてきました。保守政権であっても朴槿恵(パク・クネ)政権と李明博(イ・ミョンバク)政権、尹政権とそれぞれスタンスが異なります。日本政府においても国民の間でも、これがトラウマになっている。世論も積極的に賛成はしないでしょう。今回の韓国総選挙の結果を見ればなおさらです。政権基盤の弱い岸田政権に、これを説得する力があるかは疑問です。 ただし私は、個人的には「改定すべきだ」と考えています。98年と比べて、日韓を取り巻く環境は大きく変化しました。北朝鮮は実質的に核保有国になった。ロシアはウクライナに侵攻。それに対して中国は曖昧な姿勢を取り続けています。米中の対立は今後も激しくなる一方でしょう。こうした環境において日韓がいかに生き残っていくのか、新しい戦略を立てる必要があります。 歴史問題については、これまで日韓が合意して発出してきた文書を尊重すると再確認するのがよいでしょう。村山談話や河野談話などです。後は人と人の交流や文化交流をさらに発展させると打ち出すことが重要です。特に若者同士の交流が大切。 ●「もしトラ」になったら日韓関係は… 「もしトラ」* が話題になっています。韓国にはどのような影響があると考えられますか。 * :「もしトランプ氏が米大統領に再選されたら」の略 木宮氏:北朝鮮との関係が不透明さを増すことになります。 韓国内の進歩派はトランプ再選を期待しているでしょう。2018年には韓国が主導して南北関係の改善と米朝交渉を同時に進めることができました。最後は頓挫したわけですが。このとき見た夢をもう一度見られるかもしれない。 これに対して尹政権は、トランプ再選を警戒しています。トランプ政権が18年と同様、北朝鮮との宥和を進めるならば、抑止に重点を置く、日米韓による安全保障協力にかじを切ったのに、はしごをはずされることになりかねません。 さらに状況を複雑にしているのは、トランプ氏が18年と同じように動くとは限らないことです。もしかしたら、北朝鮮を相手にしないかもしれない。相手にするとしても、強硬な姿勢を取るかもしれません。現に17年には、朝鮮半島周辺に空母まで派遣し、軍事的圧力を強めたのですから。どっちに転ぶか分からないのです。 トランプ氏がいかなる行動を取るか予測可能性が低い中で、1つ言えるのは、不透明感が高いからこそ、「日韓が協力して、いかなる場合にも対応できるようにしよう」と日韓ともに考えていることです。 例えば、トランプ政権になれば、在日米軍および在韓米軍の駐留経費を今以上に負担するよう求める事態が想定されます。在韓米軍については、要求をのまなければ撤退の脅しもかけるでしょう。しかし、在韓米軍の駐留は日本と韓国のためであるだけでなく、米国のためでもあるのです。日韓が協力してトランプ氏を説得するなど、歩調を合わせる機運が高まる可能性が考えられます。
森 永輔