『マウンテンドクター』は現場主義の理想を掲げる 檀れいが示した危機的状況下の振る舞い
ストレートな言葉の応酬が生むドラマの熱量
『マウンテンドクター』の台詞は、良い意味で行間を読ませないストレートなものだ。第10話のような危機的場面で、周子と純家たち対立する者同士の間で交わされる言葉の応酬は、ノーガードの打ち合いに似た迫力があり、海外ドラマのような引き込まれる熱量があった。 江森と現場に駆けつけた歩、玲(宮澤エマ)の手によって登山者は搬送され、治療を受けた。しかし依然、意識不明の重体である。劇中のシビアな状況は、現実の登山者に甘い見通しを語らない優しさで成り立っている。一方で、生と死の狭間で揺れる“救えるかもしれない命”を生の方向に向けるものがあるなら、生存の可能性を信じることはその第一歩になる。 医師は遭難現場へ向かうべきではないという信条を持つ江森の内面の変化は、歩とMMTによってもたらされた。美鈴は、雪崩に巻き込まれる直前まで遭難者を助けようとしていた。主に周子と江森の視点で描かれた第10話は、最後に歩にバトンが渡された。江森を助けられるか、いや何としても助けると歩は信じ、目の前の命と向き合う。次週、『マウンテンドクター』は最終回を迎える。
石河コウヘイ