「子どもへの医療」こそ、世の中で“最高の投資”だ「カンボジアの医療」に日本人が学べる“お金のリテラシー”とは?
常時30度を超える気温の中で外来の受付は屋外にあり、一部の治療も屋外で行われている。 整備された手術室はあるものの、入院病棟では10人もの子どもが同部屋に入り、各々のベッドの横ではその保護者が、長ければ数カ月の間寝泊まりをして看病に当たっている。 施設を一通り案内してもらったあと、院長を務める神白(こうじろ)先生に「日本と比較して、医療サービス提供における最大の制約はなんでしょうか?」と尋ねた。
■足りないのは「現地の人材です」 足りないものは、施設や医療機器や薬剤なのか、はたまた資金そのものなのか。 私が想像していた答えとは裏腹に、神白先生は「それは現地の人材です」と言い切った。 カンボジアでは、約40年前の1970年代後半のポル・ポト政権のクメール・ルージュ下で、教育や医療のシステムが一度、すべて壊されている。 全人口の4分の1に当たる170万人が虐殺されたといわれるが、家族農業回帰を掲げるポル・ポト政権が徹底的に粛清を行ったのは教員、弁護士、医師などの知識層であった。
当時は、大国同士が争うベトナム戦争末期でもあり、国際社会の認知や支援が滞ったという悲運も重なった。 結果、現在のカンボジアでは、本来であれば現場や後輩の育成に最も活躍しているべき40歳以上の医師が、十分な教育や臨床経験を積んでおらず、またその絶対数も少ない。 ■ゼロから「教育の仕組み」を作るのは40年でも足りない 神白先生らジャパンハートが立ち向かっている課題は、「20代の若い医師や看護師を現場で育てながら、目の前の子どもを救わなければならない」という人材面の課題であるのだ。
「カンボジアでは、医療従事者を育てる教育機関の数自体は増えてきていますが、人の育成の問題はすぐには解決しません」と神白先生は語る。 「たとえば、カンボジアのクメール語には“甲状腺”を指す単語が存在しません。卵巣も『子宮の横』と表現するなど、医学のボキャブラリーが不足しているのです。このように医療の蓄積が充分でないので、今でも現地語で幅広く医療教育をすること自体が難しいのです」 ジャパンハートは、カンボジアよりさらに貧しい国とされるミャンマーにも拠点を持つが、「ミャンマーと比較しても、カンボジアは医療教育の蓄積が極めて低いのです」と神白先生は言う。