コン・ユが傷だらけの音楽プロデューサー役で新境地 『トランク』が描く“喪失”と“再生”
ギターをつまびく姿や、射撃場でキリッと覚醒する新しいコン・ユも
しかし、各話ごとに登場人物たちの心を揺さぶる象徴的な出来事が起こり、少しずつ心に変化が見られる。とくにジョンウォンにとっては、クラブで幻覚を見るぐらいシャンデリアが孤独とトラウマの元凶なのだが、実際に自宅にある父のシャンデリアが落下する際、インジが彼をかばって怪我をしたあたりから、「彼女は自分を守ってくれる存在なのかも?」という母を見るような視線も出てくるジョンウォン。父親のDVにより精神が壊れてしまった母親、そして地獄だった家庭の記憶しかない彼にとって、自分を守ってくれる存在に心を預けたくなるのも無理はない。 そんなジョンウォンの生い立ちを知りながら、彼を薬漬けにしてコントロールしようとした張本人のソヨンは、さらに利己的な理由から契約結婚を強行し、その後も驚くような行動を取り続ける。インジはクールに業務遂行を装いながらも、陰ではジョンウォンを守るために戦うようになり、契約結婚のはずがお互いの心に愛が芽生え始めるふたり。そこに立ちはだかる過去の清算、ストーカー問題など、事情がありすぎる人物たちが交差する。 さらに刺激的なのは、インジとソヨンが同じ席になると、常にマウントを取り合うこととなり、火花が散る場面はスリリングでありながらじっとりとした心理戦を覗いている感覚に。ソヨン夫妻は肉感的に、ジョンウォン夫妻はアーティスティックに濡れ場を披露しているが、いずれも両者の性格がよく表れている。 第5話で、心が通い始めたインジに、ジョンウォンが赤いマフラーをプレゼントする場面があるが、筆者が好きな韓国ドラマNo.1の『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』でも、コン・ユ演じるキム・シン/トッケビの花嫁ウンタクのトレードマークが赤いマフラーだった。他にも、インジがジョンウォンの家に初めて現れた時に着ていた赤のレザーのコートや毎朝飲む赤いビーツジュース、ソヨンが渡してくる青い薬など、何気なく出てくる色にも登場人物たちの意志や今後が暗示されているのではないか。映画『マトリックス』では、青い薬を飲むと作られた世界でいつものように過ごすことができ、赤い薬を飲めば未来はどうなるかわからないが現実の世界を知るという設定だった。 そういった細かいギミックも気になりながらも、独創的なシーンを彩る音楽、家のインテリアや湖畔の景色などは美しい。ストーリーはあまり軽い気持ちで観ていられないような展開が続くが、途中離脱しそうな人がいたらそれはもったいない。ラストには光が見えてくるので、全8話を完走してみてほしい。ジョンウォンを演じるコン・ユはボロボロだが、ギターをつまびく姿や、後半に射撃場でキリッと覚醒し男前が戻ってくるシーンほか、ストーリー以外にも新しいコン・ユの姿が見られる(個人的には、コン・ユとイ・ジョンウンの共演シーンが見られたことが一番よかった)。 わかりやすいラブストーリーではなく、多重奏からなるミステリアスな事実と大人の恋。45歳のコン・ユがこれまでにはない役柄で新境地を見出したことは間違いない。トランクに入れるもの、隠されたもの、黙示されたもの。それらが必要なくなった時、誰もが自身のトランクを手放すのかもしれない。
かわむらあみり