『海に眠るダイヤモンド』が描く言葉にしない思いの秀逸さ 恋の矢印にも変化が
進平(斎藤工)がリナに「端島の掟」を伝えるシーンには痺れた
あの戦争で何を見たのか。どうやって生きて帰ってきたのか。鉄平の兄・進平(斎藤工)は何も語らないという。それは、話すことで聞く相手の心を乱す話しかないということだからではないかと察する。人生には話せない過去を背負い続ける覚悟も必要になる場合があるということ。そうしなければ生きていくことが難しいくらい過酷な出来事が起こるということ。それを知っているからこそ、進平はリナの背景も詮索しなかったのかもしれない。 隠し持っていた大金や銃を見れば、リナが端島にやってきた事情が穏やかではないことは想像がつく。慌てて取り繕おうとするリナに対して、進平は静かに銃を手に取り、年式を言い当てながら慣れた手つきで操作する。その姿を見せるだけで、同じような境遇をくぐり抜けて生き繋いできた仲間なのだと、言葉なしに語りかけているように思えた。 はっきりと言葉にはしなくとも、その心情が伝わってくることもある。母の形見となったペンダントが見つかって号泣する百合子の前にさり気なく立った賢将に、彼女の涙をそっと隠そうという気遣いが見えた。朝子が百合子の着付けた浴衣に身を包んで肩にもたれかかったのは、長年の意地悪に語られない理由があったことを察して、許しているという気持ちの表れだろう。 そして精霊船のお供えを進平がリナに、鉄平が朝子に、賢将が百合子にそれぞれ手渡していたシーンは、今の彼らの気持ちが誰に向かっているのかが見えるようだった。特に、島を出ていこうとしていたリナに、進平が「端島の掟」として「端島のお供えを食べたら来年返さなきゃ」と言って暗に引き止めるシーンには痺れた。 そんな端島の人々の思いに文字を通じて触れた玲央は、何を思ったのだろうか。どうやら玲央は、母親とは疎遠になっており、父親に関しては名前も顔も知らないという。自分のルーツもよくわからない彼にとって、いづみが語る端島の歴史はどこか遠い世界の話で、ピンとこなかったかもしれない。だが、自分がいづみの隠し孫かもしれないと言われると話は大きく変わる。 もしかしたら、いづみの忘れられない人である鉄平と自分は他人の空似などではないのかもしれない。だとしたら、端島の人々の思いは今の自分にも託されているものだとしたら……。その真実を知ることが玲央にとって正解になるのか。あるいは、望まぬ未来への分岐点になっているのだろうか。それは進んでみなければわからないのが、また運命の意地悪なところだ。
佐藤結衣