女性指導者が誕生しない米国 国連加盟国の状況は?
(CNN) 国連加盟国のうち45カ国が今年、国政選挙を実施し、最高指導者を決定した。CNNが国際選挙制度財団(IFES)のデータを分析したところ、このうち女性を国のトップに選んだのはわずか4カ国だった。 米国は初の女性大統領を選出する機会を得たものの、「ガラスの天井」を破ることを願っていた有権者は8年で2度目の敗北を喫した。北マケドニア、ナミビア、メキシコの3カ国は今年、各国の歴史上初めて女性指導者を選出した。 第2次世界大戦後、国連加盟国で初の女性トップが選出されたのは64年前だ。 CNNが米シンクタンク「外交問題評議会」の「女性の権力指数」を分析したところ、女性指導者が誕生した国が増えたのはここ20年ほどのことだ。この指数には国連加盟国が含まれ、君主や、君主が任命した指導者などは含まれていない。 過去70年間で、国連加盟国のうち49カ国に女性指導者が1人いた。さらに18カ国には2人、9カ国には3人いる。女性指導者が4人いたのはフィンランドとアイスランドの2カ国のみ。加盟国のうち115カ国では女性がトップを務めたことがない。 第2次大戦後、国連加盟国で女性指導者が誕生した最初の大陸はアジアだった。セイロン(現スリランカ)は1960年、初の女性首相シリマボ・バンダラナイケ氏を選出。同氏は夫が首相在任中に暗殺された後、政界入りした。 それ以降、アジアの他の13カ国で女性が指導者を務めている。その多くは旧植民地で夫や父親を通じて政界に入った。 アジアは女性の在任期間でも優位で、バングラデシュのシェイク・ハシナ前首相は女性の国家指導者として最長記録を保持している。 ハシナ氏は96年から2001年まで首相を務めた。09年から再び首相を務め、大規模な反政府デモを受けて24年8月に辞任した。 独立運動の指導者であったハシナ氏の父親は同国の初代首相だった。 イサベル・ペロン氏は米州大陸で初の女性国家元首となった。同氏の夫、フアン・ペロン氏は1974年、アルゼンチン大統領在任中に死去した。イサベル氏はフアン氏が病気になった際、副大統領として多くの職務を引き継ぎ、夫の死後に大統領に就任した。 今年10月にはメキシコでクラウディア・シェインバウム氏が同国初の女性大統領に就任した。 アフリカ初の女性指導者はエリザベート・ドミシアン氏で、75年に中央アフリカの首相に任命された。 2021年にはチュニジアがアラブ諸国として初めて女性をトップに起用した。大統領によって、ナジラ・ブーデン氏が首相に任命された。 マーガレット・サッチャー氏は1979年、欧州初の女性首相となった。その数カ月後、ポルトガルのマリア・ピンタシルゴ氏が欧州で2人目の女性首相に就任した。 2010年以降、欧州の28カ国に1人以上の女性指導者がおり、現在、同地域は女性指導者を擁する国の割合が最も高い。この地域の国連加盟国43カ国のうち65%に女性指導者がおり、そのうち4分の1弱では現在女性がトップを務めている。 専門家は、女性が政府で重要な役割を果たすことは代表性を広げるという意味で重要だと指摘する。 バージニア工科大の政治学教授ファリダ・ジャラルザイ氏は米大統領選前にCNNに対し「自分のような人が代表に選ばれるのを見ることには、ある種の力があることが分かっている。それが重要だ」と述べた。「候補者、大統領、首相かを問わず、多様な人々がこうした役職に就く事例が増え、私たちが考える指導者がどのような人物であるべきかという概念を打ち破っている」 世界中で女性が選挙に勝つことは、他の女性に指導的役割を目指すよう刺激を与え、若い世代の女性を政治に参加するよう促すという建設的な成果をもたらす可能性がありそうだ。