映画製作ファンド「K2P Film Fund I」の目的とは?紀伊宗之インタビュー
東映で「孤狼の血」シリーズや「シン・仮面ライダー」「リボルバー・リリー」「キリエのうた」などを企画・プロデュースしてきた紀伊宗之が、2023年にK2 Picturesを創業。そして今年の5月10日、“日本映画の新しい生態系を作る”ことを目指した映画製作ファンド「K2P Film Fund I(ケーツーピー フィルム ファンド ファースト)」の立ち上げを発表した。 【写真】インタビューに応じる紀伊宗之 紀伊はなぜファンドを設立することにしたのか? 彼が考える日本の映画業界の現状とともに、その理由を聞いた。また後日、このファンドに賛同した映画監督・岩井俊二と紀伊の対談も掲載する。 取材・文 / 小澤康平 撮影(インタビューカット)/ 小原泰広 ■ 紀伊宗之(キイムネユキ)プロフィール 1970年1月8日生まれ、兵庫県出身。東映映画興行入社後、劇場勤務を経て株式会社ティ・ジョイへ出向し、シネコンチェーンの立ち上げに従事。国内初のライブビューイングビジネスを立ち上げ、「ゲキシネ」の事業化に関わる。その後東映に異動し、プロデューサーとして「リップヴァンウィンクルの花嫁」「孤狼の血」「犬鳴村」「初恋」「シン・エヴァンゲリオン劇場版」「キリエのうた」「リボルバー・リリー」「シン・仮面ライダー」などを手がけた。2023年4月に東映を退職。同年にK2 Picturesを創業した。 紀伊宗之 (@mun_kii) | X ■ 目の前のことを既得権益化するのに必死な映画業界 ──紀伊さんは2023年4月に映画企画部ヘッドプロデューサーを務めていた東映を退職し、同年に新たな映画製作の形を目指してK2 Picturesを設立されました。そして今年に入り、映画製作ファンド「K2P Film Fund I(ケーツーピー フィルム ファンド ファースト)」を立ち上げています。このファンドのことを理解するためには、紀伊さんのキャリアや、現在の日本の映画業界についてどう考えているのかを知る必要があると思うので、まずは経歴から伺ってもいいでしょうか? 最初は東映映画興行に入社し、広島や大阪の劇場で働いていました。その後ティ・ジョイに出向して東京・新宿バルト9の開業に携わったり、ライブビューイングのビジネスを立ち上げたりしながら、配給はもちろん企画・製作まで行っていたら、当時東映とティ・ジョイの社長だった岡田裕介に声を掛けられて。それをきっかけに2014年に東映の映画企画部へ異動し、「犬鳴村」といった「恐怖の村」シリーズや「孤狼の血」2作、「初恋」「シン・仮面ライダー」「キリエのうた」などの企画・プロデュースを行ってきました。 ──プロデューサーのイメージが強いですが、もともとは興行会社で働いていたんですね。 劇場で切符のもぎりをしたり、ポップコーンを作ったりしていました。一生懸命働いているうちに自分がプロデューサーになりたかったことは忘れていたんですけど、結果的に映画を作る道に進むことになりました。製作・配給・興行のすべてを経験してきたことは僕の強みだと思っています。例えば制作現場にいる人たちは映画を観に行ったときの料金がどこに行き着くのかを知らなかったりするし、興行会社の人間も受け取ったお金が出ていったあとのことはわからなかったりする。お金の動きは全部つなぎ合わせるとちゃんと一本道になっているんですが、同じ映画を扱っているとしても配給会社は高く売りたい、興行会社は安く買いたいというようにさまざまなパワーゲームが発生していて、どういう利益相反があるのかを学びながらキャリアを積んできた感じです。 ──その経験が「K2P Film Fund I」の立ち上げにつながっているんですか? 大いにあると思います。今の日本の映画業界って、それぞれが自分の目の前のことを既得権益化するのに必死なんですよ。もちろんそれは私企業の成長という観点では正解なのかもしれませんが、映画業界の発展においては必ずしもそうではない。映画に関するさまざまな仕事をしてきて感じたのは、自分たちの問題を解決するためには別のセクションにも目を向けなければいけないということです。具体的に言うなら、製作側の悩みを解決する近道が実は配給や興行側にあったりするということ。そういう意味で、新たな形の映画製作を実現したいという思いがあります。 ■ 配給、興行の間で発生するパワーゲーム ──映画鑑賞料金がどこに行き着くのかという話が出たので、詳しく教えていただいてもいいでしょうか? ある映画が全国300館で上映されたとしたら、その300館の売り上げの総和が興行収入です。そこから収益を分配することになり、比率はいろんな要素を理由に変動するのですが、基本契約としては配給会社が約60%、興行会社が約40%を取ることが多いです。変動の要素にはスクリーンアベレージと言われる「1スクリーンあたりの1週間の売り上げ」が大きく関わってきます。10スクリーンある劇場だとしたら、年間の売り上げを10(スクリーン数)で割ったあと365(1年間の日数)で割って、7(1週間の日数)を掛けた数がその映画館のスクリーンアベレージになる。この数値が高い=多くのお客さんが入っているということで、“強い劇場”と言うことができます。例えばスクリーンアベレージが1000万円の劇場で、ある映画が上映されたとして、1スクリーンあたりの1週間の売り上げが500万円だったとすると、興行会社は配給側に「この作品はあまりお客さんが入らないから、売り上げのうちの40%ではなく45%うちに欲しい」みたいなことが言えます。1、2週目は1000万円売り上げたから40%でOK、でも3週目は500万だったから45%にしてほしいといった値引き交渉を週単位でやってるんですよ。 ──その映画を上映することは興行側の選択と言えると思うのですが、それでもそういう交渉が発生するんですか? そこはパワーゲームなんです。絶対にお客さんが入るような作品だったら、配給側が「最初の3週間はこちらが70%取ります」と交渉することもある。でも強気でいきすぎたら上映する劇場の数が少なくなり、60%にしておいて上映館数を多くしておいたほうが全体の興行収入は高くなる可能性もありますよね。 ──さまざまな駆け引きが行われているんですね。 逆に、宣伝に十分なお金を掛けられないインディーズの映画とかはお客さんがあまり入らないので、興行会社に60%くらいの比率になることもあります。もちろんこれは興行側が悪者という意味ではなく、映画館は自分たちの取り分から人件費や電気・ガス代などを払って、そのうえで黒字化を目指すのは当たり前のこと。そこは商売なんです。 ■ 製作委員会方式とは? ──配給側が60%、興行側が40%取るとしたら、この60%が配給収入になるわけですよね。次はこのお金の動きを教えていただきたいのですが、そのためには日本の映画製作の主流である製作委員会方式について説明してもらうのがいいでしょうか。 そうですね。製作委員会というのは民法上の任意組合になります。5社で1億円ずつ出し合って1つの映画を作るとしたら、それぞれが20%ずつ権利を持っていることになる。5階建てのビルの各階を5社がそれぞれ所有しているイメージです。さらに言うと製作委員会は共同製作契約なので、各社がその映画で商売をしている必要があって、すごいお金持ちの人が「主演俳優のファンだからお金だけ出したい」といっても基本的にはNGです。 ──そもそも、なぜ製作委員会方式で映画が作られるようになったんでしょうか? 東映の「仁義なき戦い」「トラック野郎」など昔は1社で作っていたものがけっこうあったんですが、1990年代くらいから映画が当たらなくなり、商売として立ち行かなくなってきたんです。東宝が全額出資した「ゴジラ-1.0」のように、今でも製作委員会を設けていない映画もあるにはあるんですけどね。でもそれは東宝が日本で売上高トップの会社であり、「ゴジラ」という不動のコンテンツだからこそできることで、普通は何億円も掛けて製作したのに利益がゼロだったら大変だっていう話で。リスクをなんとかして減らせないか、ということから生み出されたのが製作委員会だと思います。みんなでお金を出し合いましょう、そして著作権も分けましょうっていう。僕が映画を作るとして、オリジナルの企画であれば放送権や配信権、グッズ化の権利などをすべて自分が持っているわけですが、お金を集めるためにその権利を売り渡す。これは窓口権と呼ばれていて、みんなこの権利が欲しくて出資をするわけです。 ──窓口権を手に入れるとメリットがある? 仮に国内での放送権を手に入れたとしたら、これを使ってビジネスができます。例えば、その映画を放送したいテレビ局があったとして、5000万円で売れたとしましょう。そこからだいたい20%を手数料として取るので、1000万円が窓口権を持っている会社に入ってくる。 ──残りの4000万円はどうなるんですか? もし5社で1億円ずつ出し合っていたとしたら、4000万円を5で割って分配するんです。なので4社には800万円ずつ入り、窓口権を持っている会社には手数料の1000万円+800万円の計1800万円が入る。話を戻すと、これと同じことが配給収入にも当てはまります。配給権を持っている企業が手数料を取って、あとは製作委員会で分配するという。そのほか配信、グッズ、ビデオグラム(Blu-ray、DVDといったパッケージ)などに関する収入も分配されて、そのリターンの合計が出資額を踏まえても大きいと言えるのであれば、ビジネスとしては成功となります。制作費や宣伝費というコストもかかるので、出資額を上回ればいいという単純な話ではもちろんないのですが。 ──窓口権はどう振り分けられるのでしょうか? 製作委員会には主体となる幹事会社があって、僕がそこで企画・プロデュースをしているとしたら、出資してもらえるように他企業と交渉することになります。「〇〇権を渡すので全体の20%を出してくれませんか?」「20%出すならそれとは別に〇〇権も欲しいです」「20%ではそこまで渡せないです」といった話し合いを行い、乗ってくれる会社がなければ映画を作れないこともある。最近は昔のようにテレビ局が映画を放送するために大金を出してくれるわけではないし、Blu-ray / DVDが売れる時代でもなくなったから、製作委員会には限界が来ていると個人的には感じています。リクープ(費用の回収)の見込みが立たないので、みんな出資額を下げたいと考えているんですよね。予算の規模と映画のクオリティは比例するわけではありませんが、出資額が減っていくのであれば業界はシュリンクしていくしかないと思います。 ──製作委員会方式では「映画が大ヒットしたからギャランティとは別にもっと支払います」といった、出演者やスタッフへの成功報酬はないのでしょうか? 成功報酬はあるとしても微々たるものです。製作委員会方式というビジネスモデルの中には、正直クリエイターへの利益分配という考えは組み込まれていません。監督、脚本家、原作者、音楽家は著作権者なので2次利用からの印税はありますが、例えば興行収入が何百億円行ったとしても、これは一次利用とされるのでクリエイターたちに還元されることはほとんどない。ついでに言うと僕のようなプロデューサーにもまったく入ってこないです(笑)。今の日本の映画業界って、頭を掻きむしって作品を作っている人たちや、現場で汗をかいてがんばっているスタッフが全然報われてないんですよ。 ──紀伊さんが考える、日本の映画業界の問題点が見えてきました。 クリエイターに利益を分配しないのは、「お金(出資)がなければそもそも映画は作れなかったでしょう? だから利益はこちらが持って行きます」という理論にもとづいていて、確かにこれは事実なんです。ただ一方でクリエイターがいなければ映画を作れないというのも真実。どちらの考えが正しい、間違っているということではなくフィロソフィーの話で、「K2P Film Fund I」は後者の考えに依拠したビジネスモデルになります。 ■ 「K2P Film Fund I」の目的 ──では「K2P Film Fund I」について詳しく教えてください。 製作委員会は民法上の任意組合と言いましたが、ファンドは関東財務局というところに登録してある金融商品です。大きな違いは投資なので税金が掛からないということ。製作委員会の場合、仮に1億円出資するとしたら1億1000万円の請求書が送られてきますが、ファンドに関してはそういうことはありません。あとは「好きな俳優が出るから」といった理由でただお金を出すということが可能で、匿名組合契約なので名前が表に出ることもないです。お金はそうやって集めるので、窓口権を他企業に渡すということもしない。 ──窓口はすべてK2 Picturesになるんですね。 そうです。先ほど放送権の話のときに手数料を20%取ると言いましたが、うちは8%しか取りません。これは配給や放送、配信などの窓口業務をすべて自分たちでやるから実現できることで、仮に窓口が5つあったら8%×5のお金が入ってきます。残りのお金をどうするかと言うと、全部ファンドに返して投資してくれた人たちに戻す。投資家たちへのリクープが終わったら、そのあとは投資家に70%、成功報酬としてクリエイターたちに30%を還元します。「映画業界って面白いし、稼げるんだ」と思ってもらえないと産業は死ぬわけじゃないですか。「紀伊さんたちとやるとめっちゃボーナスくれるからまたやりたいよね」と感じてもらわないといけないし、そういう土壌がクリエイティブの底上げにつながると思うんです。 ──確かにそうならないと、優秀な人たちがみんなゲームやCMの世界に行ってしまうことも考えられますね。 クリエイターにしっかり利益を分配するとともに、業界に注がれるお金の量を増やさないといけないとも感じています。例えば2023年は670本くらい邦画が公開されましたが、その製作費の総和がいくらなのかというのはすごく大事なこと。投資家たちに映画業界はもうかると思ってもらえたら、1本あたりの製作費が増えて、ギャランティをはじめとする待遇もよくすることができます。 ──お話を聞いていて、新しい映画製作へのチャレンジにわくわくすると同時に、「そんなにうまくいくのか?」という気持ちも湧いたのですが。 なんであってもそうですが、100%うまくいく保証はないですよ。でも自信はあるし、僕らが死ぬほど努力をして成功させるしかない。幸運なことに岩井俊二さん、是枝裕和さん、白石和彌さん、西川美和さん、三池崇史さんといった映画監督やアニメーションスタジオのMAPPAさんが賛同してくれたので、そういう期待に誠実に応えていくことでも信頼を得られるのではないかなと。「お金は集まるのか?」と思うかもしれませんが、“組み合わせに対して投資してもらう”ことで解決できると考えています。どういうことかと言うと、例えば実績のある監督の映画にはお金が集まる一方で、新人監督の映画にはお金が集まらないという状況が想定されますが、1作品に対してのみの投資はできないようになっています。A、B、Cという作品がうまくいかなくても、Dという映画が大当たりしたらその分でたくさんお金を戻すことができる仕組みです。簡単に言うとセット売りですね。 ──すでに多くの作品の製作が決まっているんですか? 予定では今後8年間で60本くらい作るつもりです。 ──先ほどK2 Picturesは1つの窓口に対して8%しか手数料を取らないとおっしゃっていましたが、会社としてはそれでもやっていけるものなんでしょうか? 正直、うちがもうかる構造にはなっていません。クリエイターにちゃんと還元することが目的だから、それは仕方がないというか、K2 Picturesがたくさんお金を取ったら辻褄が合わなくなるので。でも慈善事業としてやっているわけではなくて、目先ではなくもっと広い世界のことを考えて取り組むことが、結果的に自分たちの利益になると思っています。何十年と映画業界で働いてきて実感しているのは、自己中心的に考えて目の前のことに飛び付いてもうまくいかないということ。自分たちは我慢する必要があるけど業界にとってはいいことだよねと考えて行動すると、必ずうまくいく。 ──短期的ではなく長期的な成長を目指す場合には、そういう考え方が必要ということでしょうか。 私利私欲で動いていると、必ず足をすくわれるんですよ。「ここで結果を出したら俺は部長だな!」みたいな出世欲にまみれている人って、絶対うまくいかないじゃないですか(笑)。なので僕らのファンドをきっかけにクリエイターたちに適正なお金が支払われ、映画業界が盛り上がり、そして僕らもハッピーになれたらうれしいですね。