両腕で歩くミャンマーの牧師と合気道開祖の「最後の内弟子」 Vol.10
まさに「地獄」の様相を呈している――2021年に発生した軍部によるクーデター以降、ミャンマーでは軍事政権の国軍(ミャンマー軍)と、軍事組織としてのKNLAを有するKNU(カレン民族同盟)やカチン州、シャン州、カヤ州などの武装勢力が組織した反政府(反軍事政権)の連合的武装組織PDFの戦闘が激化している。今年に入り、軍事政権はついに18歳以上の国民を徴兵するとまで発表した。 2024年現在、ミャンマーに向けられる視線は「反民主的な軍事政権VS民主化を求めるレジスタンス的武装勢力」の構図一色に塗りつぶされているが、はたしてクーデターが発生する前のミャンマー、そのディテールに目を向けていた者がどれほどいただろうか。 本連載は、今では顧みられることもなくなったいくつかの出来事と、ふたつの腕で身体を引きずるように歩くカレン族の牧師を支えた日本人武道家を紹介するささやかな記録である。
カレン語と英語
その後、ミャンマー軍と軍政権はDKBAとの約束を守り、ミャインジーグー僧正が仏教徒のカレン難民を集めていた地域を特別行政区に指定し、カレン自治区ともいえる状態を公的に認めた。それでもなお、将校はKNLAに留まっていた。 「マナプロウとワンカーを失って、KNLAは致命的なダメージを受けた。指導部は『これからは、仏教徒のカレン族を尊重する』と言った。私はその言葉を信じて離脱しなかった。同じカレン族として、彼らとともに戦うつもりだったんだ。それでも何年経っても、彼らのやり方や態度は変わらなかった。 一方、ミャインジーグー僧正は〈我々の未来〉を示した。KNLAのキリスト教徒の支援者たち、欧米人たちはカレン族を〈孤立〉させようとしている。私は、僧正が特別行政区や方々の村落に学校を作り、そこで〈カレン語〉と〈ビルマ語〉を使い、教える姿を見たときに気づいたんだ」 将校はカレン語を止め、ビルマ族の協力者にビルマ語で話しかけた。 「かつては、われわれはビルマ語も使いこなすことができた。ところが、今のわれわれの子供たち、あるいは長きにわたって国境沿いの難民キャンプで育った若者たちは〈カレン語〉と〈英語〉しか話せない。これは異常なことだ。分かるだろ? 言葉は文化や信仰と繋がっている。私たちの子孫が〈ビルマ語〉から切り離されたら、ビルマ族との共存の可能性はますます遠ざかる。分離独立の可能性も、高度な自治権を確立する可能も、もうほとんどないのに、このままビルマ族よりも欧米人とべったりしていたら、ミャンマーでわれわれの地位を得るという選択の余地さえ失ってしまうんだ」