荒れ邸から二条院へ、突如始まった少女の新生活 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫⑩
西の対にはだんだん女房たちが集まってきた。遊び相手の女童や幼い子どもたちは、姫君と光君が、見たことがないほど素敵な二人なので、屈託もなくいっしょになって遊ぶ。姫君は、光君のいない夕暮れなどはさみしがり、亡き尼君を恋しがって泣くこともあるが、父宮のことをとくに思い出すことはない。もともといっしょに暮らしていたわけではないからだ。今はただ、このあたらしい親にたいそう慣れ親しんでいる。光君がよそから帰ってくると真っ先に出迎えて、あどけなく相手をし、遠慮することも気詰まりに思うこともなく、光君の懐に抱かれている。まだ夫婦ではないにせよ、それはそれとして、光君にはかわいくて仕方のない存在である。もう少し分別がついて、何かと面倒な関係になってしまうと、気まずくならないかと男も遠慮するし、女は女で恨み言を言いはじめたりして、思わぬ揉(も)めごとが起きてくるものだが、この姫君はまったくなんとかわいらしい遊び相手だろう。自分の娘でも、このくらいの年頃になれば、打ち解けて振る舞ったり、心置きなくいっしょに寝たりすることは、とてもしてはくれないだろう。まったくこれは、本当に風変わりな間柄のだいじな娘だ……と、光君は思っているようだ。
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
角田 光代 :小説家