【道場へ行こう】報知記者が「日本代表」で国際将棋トーナメントに参戦 思わぬ出来事に心が救われる経験も
棋界の話題を取り上げる「王手報知リターンズ」第16回は、2022年4月に将棋担当になるまで将棋を指したことのなかった記者が、「今から将棋を始めよう」という目線で、将棋教室や道場を実際に体験するコーナー「道場へ行こう!」の特別版。8、9日に東京・渋谷区の新将棋会館で行われた第9回国際将棋フォーラムの国際将棋トーナメントに、記者が将棋大好き芸人であるお笑いコンビ・ランパンプスの寺内ゆうき(37)とともに日本代表として出場した様子をお届けします。(瀬戸 花音) 国際将棋トーナメントが始まる朝。新将棋会館にいる私の目の前には将棋の盤駒と、日本の国旗があった。前日に行われた前夜祭での「日の丸を背負って頑張りましょうね!」という寺内の言葉と、「頑張ってください」という羽生善治九段の言葉が私の肩にのしかかっていた。 今年の1月、日本将棋連盟から「日本代表に推薦したい」という打診があった。1999年に第1回が開催されて以来、3年に一度のペースで行われている「国際将棋フォーラム」。そこで各国代表が集まって行われるトーナメントの日本代表だ。私の棋力は2級で、有段者が多い各国の代表の平均棋力にも及ばない。 それでも、同連盟からは「トーナメントは将棋の普及を目的としているため」という推薦理由の説明があった。そして、この直前、「将棋を知らない友達が将棋を好きになるきっかけになるような記事を書きたい」と普及について少々熱のこもった会話をした時の連盟職員の顔がちらついた。だから、「頑張ります」と代表を引き受けることを決めた。 緊張で心臓が波打つ中、再び前夜祭での羽生九段のスピーチを思い出す。「対面で対局や対話ができることは、どんな便利な時代になっても変わらない、得がたい経験だと思っています」。予選リーグ1戦目の相手はカナダ代表の男性。意を決して英語で話しかけようとすると、「あのテレビカメラはどこのチャンネルですかね?」。流ちょうな日本語で逆に聞かれた。 スティーヴン・ハルキ・アライさん(31)は日系カナダ人だった。「もともとはチェスをやっていたのですが、2019年に新型コロナでチェスの大会がなくなって、オンラインで将棋を始めました」。棋力はアプリ「将棋ウォーズ」で1級だという。対局は相振り飛車となったが、私が銀を捨てて角道をあけるという攻めすぎたまねをしたことで、劣勢になり、敗れた。 続く2戦目の相手はスウェーデンのアンデシュ・オーレントゥーネさん(27)。「ハウロング プレーイング ショウギ?」と片言の英語で尋ねると、「7年くらいです」と、これまた流ちょうな日本語で返ってきた。テレビで将棋のドキュメンタリー番組を見て、興味を持ったという。「数年前に交換留学生として東北大に1年間いました」というアンデシュさんの棋力は二段。住んでいるストックホルムには週に1回、仕事終わりや週末に5人くらいで集まって将棋を指すコミュニティーがあるという。 こちらは居飛車でボロボロにやられた…。予選リーグは2連敗でBトーナメント入りが決まった。予選リーグで対戦した2人の共通項は、好きな棋士が佐藤天彦九段であるということ。スティーヴンさんは「天彦は最近は振り飛車をたくさん指していて、見ていて独特でおもしろい」と、想像以上に将棋界に詳しかった。 いよいよトーナメントが始まった。1回戦の相手はウガンダのロバート・バカゼさん(35)だった。バカゼさんは英語で話しかけてくれたが、私の英語力では「2年前から将棋を始めたんだ」という言葉に「私も同じ!」と答えるので精いっぱいだった。 そして、対局で事件が起きた。対抗形で中盤にさしかかるかという局面で、私の飛車がバカゼさんに、ただで取られてしまった。「あ…」。思わず声が出た。それ以降は攻め駒を全部取られ、棋士の先生方が見に来ないでくれと祈りながら、美濃囲いの中で玉を行ったり来たりさせるだけで、首を取られるのを待つしかなくなってしまった。 バカゼさんとは、形になればいい勝負ができたと思う。それだけに、申し訳なかった。終局後、うなだれる私にバカゼさんは手を差しのべ、握手をしてきた。「大丈夫か」と聞かれ、「大丈夫」と答えた。バカゼさんが去った後、連盟職員は「将棋普及に貢献していただき、ありがとうございます」と穏やかに笑ってくれた。「彼にとっては、はるばる日本に来て初めての勝利です。将棋をもっと好きになったと思います」。心が救われる言葉だった。 帰り際、「ヘイ! セト!」。呼び声の主はバカゼさんだった。「撮った写真を送ってほしいから連絡先を交換しないか」。私は喜んで応じた。後でメッセージのやりとりで聞いたところによると、バカゼさんは17年に日本を訪れた際に将棋を知り、帰国後、しばらくたってから在ウガンダ日本大使館の副公使として働いていた日本人の友人に将棋を教えてもらったという。そして、職業はスポーツアドミニストレーター(スポーツを通じて事業などを企画する人)だということも教えてくれた。 13日、1通のメッセージが届いた。「I arrived safely in Uganda.」。将棋のおかげで、ウガンダに友人ができた。将棋が私にもたらしてくれたものはあまりにも大きい。国際将棋トーナメントに参加した多くの人が、きっと同じことを思っているに違いない。 ◆将棋というゲームが世界平和に貢献できたら 45の国・地域が参加 国際将棋フォーラムとは、1999年6月に第1回が開催され、それ以降3年に1回のペースで開催されている将棋の海外普及を目的としているイベント。これまで、静岡市や北九州市、パリ近郊などでも開催されている。20年に行われる予定だった前回大会は、新型コロナの影響で1年延期に。今回はオンラインで開催された21年以来となる。 日本将棋連盟によると、参加国は右肩上がりで増加。今大会の45の国・地域から51選手の参加は、過去最多となる。本大会で優勝した中国北京市在住の許諾(きょ・だく)さん(32)は、優勝の記念として藤井聡太七冠と角落ち対局を行った。参加国の増加理由について、同連盟普及課の藤原聡一郎さんは「海外の方も参加できるオンラインコンテンツが充実してきていることと、これまでの大会の積み重ねで各国の代表と連絡が取りやすくなり、予選開催のお願いを通達しやすくなったこと」と話した。 各国代表は推薦やそれぞれの国での予選によって決まる。藤原さんによると、戦禍のウクライナ予選は今回、防空ごう内とオンラインで行われたという。ウクライナ予選優勝者は2人いたが、1人はウクライナ在住で日本に渡航することができず、ポーランドに避難していたローマン・オメルチュクさん(33)が代表となった。渡航にビザが必要な国も多く、ウガンダ代表のビザは「10回近くやりとりを重ね書き直しをしました」と藤原さんは苦労を振り返った。 今大会を見守った糸谷哲郎八段は「17年の北九州大会も参加したのですが、今回は選手のレベルが高くなり、現代将棋に近いバランス型の将棋の方が増えた印象です」。参加者のレベル向上を実感したという。 同連盟の片上大輔常務理事(七段)は「将棋は戦いのゲームですが、平和のゲームでもある」と強調する。「盤上では駒が持つ力を尽くして戦い、戦いが終わったらまた敵味方一緒にひとつの箱に収まり一局が終わります。世界の国々の間にはさまざまな課題があると思いますが、盤上の空想の世界では戦い、現実の今日のような世界では仲良くするのが理想。将棋というゲームが世界平和に貢献できたら」と願いを込めていた。 〇…寺内はBトーナメントでベスト4まで勝ち進んだが、準決勝でメキシコ代表のカルロス・ダニエル・ムニョス・ゲラさんに敗れて3位として表彰された。寺内は「負けてくやしいですが、メキシコ代表が強かったです!」とコメント。羽生九段から賞状とメダルを手渡された。
報知新聞社