坂本冬美(57)8か月の内弟子修行で鮮烈デビュー「『あばれ太鼓』はきっと売れない」師匠に言って大目玉を喰らった19歳の胸の内
小学生で演歌の道に憧れ、19歳で華々しいデビューを果たした坂本冬美さん。順調すぎるほどの経歴ですが、当の本人はいろいろな思いを抱えていたそう。子ども時代からデビュー前後までの思い出を振り返っていただきました。 【画像】「初めて見ました」ぷっくりほっぺが可愛い坂本冬美さんの幼少時から歌手を夢見て賞レースに出場してた高校時代の貴重なお写真まで(全18枚)
■おじいちゃんには褒められたけど…のど自慢番組では残念賞 ── 演歌歌手を志したのは小学生の頃だったそうですね。きっかけはなんだったのでしょう? 坂本さん:もともと祖父が歌好きで、物心ついたころからおじいちゃんの歌を聴いて育ちました。最初に覚えた歌は『リンゴの唄』という戦後まもない当時の歌ですね。小学1年生くらいのときに地元のお祭りで初めて生演奏で歌ったのが、森昌子さんの『おかあさん』や『せんせい』。おじいちゃんが、「この子は歌がうまいから、将来は歌手だね!」なんてご近所の人に自慢したりして。
「歌手になりたい」と意識するようになったのは、小学校5年生の頃です。テレビ番組で、石川さゆりさんの『津軽海峡・冬景色』を聞いて、しっとりとした演歌の世界に魅了されたのがきっかけでした。それからは、地元の夏祭りのカラオケ大会などに出たりしていましたね。 ── やはり子どものころから歌がうまかったのですね。 坂本さん:そこまでではなかったと思います。中学生の頃、関西の番組で西川きよし師匠が司会をしていらした「素人名人会」に出場したことがあるのですが、合格の鐘は鳴らず、残念賞といったところ。審査員の先生には、「あんたは変わった声をしているねえ」とただそれだけ。
「なんだ、田舎でおじいちゃんがうまいと言ってくれたけれど、その程度かあ。やっぱり歌手になるなんて無理なのかな…」とガッカリしたことも。当時、日曜日にやっていた『スター誕生』の番組にハガキを出したこともありました。返事は来ませんでしたけど。
■梅干し会社への就職が「歌手の夢が叶う意外なきっかけ」に ── そうなのですね。てっきり「コンテスト荒らし」のような存在だったのかと。 坂本さん:いえいえ、全然!歌がうまい方はたくさんいらっしゃいましたから。