医療制度は崩壊寸前で、病院の予約は1年後…「カトリック系初」の首相は北アイルランドを救えるか
<北アイルランド新首相に就任したのは、爆弾闘争を続けたIRAの元政治組織シン・フェイン党のミシェル・オニール副党首。再統一論争が再燃している>【木村正人(国際ジャーナリスト)】
[ロンドン発]英国本土からの分離とアイルランドの再統一を唱えるカトリック系シン・フェイン党のミシェル・オニール副党首(47)が2月3日、英・北アイルランド自治政府の首相に就任した。カトリック系首相の誕生は史上初だ。アイルランドでもシン・フェイン党が政党支持率で1位を独走しており、アイルランドの南北再統一論争が一気に熱を帯びてきた。 【動画】水着姿で飛び込みに挑戦した「最もセクシーな英下院議員」ペニー・モーダント 死者約3600人を出した紛争で爆弾闘争を続けたアイルランド共和軍(IRA)の元政治組織シン・フェイン党は2022年の北アイルランド議会選で初めて議会第1党に躍進した。しかし英国との統合維持派のプロテスタント系民主統一党(DUP)が欧州連合(EU)離脱でアイリッシュ海に通関が発生することに反発、自治政府から離脱し、政治の空白が続いていた。 スナク英政権は「統合を守る」と題した文書をDUPと交わし、行き詰まり打開に動いた。しかし研究プラットフォーム「変化する欧州の中での英国」のジョエル・ルランド准研究員によると、EU域内に流入するリスクのないモノについて書類手続きを簡素化し、検査をほぼ撤廃する「グリーンレーン」が「英国域内市場システム」という名に変わったに過ぎない。 将来、英国本土と北アイルランド間に生じる恐れのある乖離について事前に北アイルランド議会がブレーキをかけたり、英国政府が評価したりする予防策の詳細が文書に盛り込まれた。与党・保守党がDUPを自治政府に復帰させる「おためごかし」として文書を作成したとしても、穏健派の労働党政権に交代すれば「対立」より「協調」が一段と重視される。 ■「すべての人のための自治政府首相になる」 北アイルランドの制度はもともと多数派のプロテスタント系ユニオニスト(英国との統合維持派)がすべてを統治するよう設計されていた。しかし1998年の北アイルランド和平(ベルファスト)合意で帰属問題は棚上げされ、北アイルランドの将来の帰属は住民の意思に委ねられた。今やカトリック系人口は42.3%とプロテスタント系の30.5%を逆転している。 オニール新首相は和解に焦点を当てた就任演説で「すべての人に平等に仕え、すべての人のための自治政府首相になる。どこの出身であろうと、どのような願望を抱いていようと、私たちはともに未来を築くことができるし、また、そうしなければならない。自治政府はすべての国民、すべてのコミュニティーに対して責任を負う」と強調した。 オニール氏の父親はIRA暫定派として囚われの身となった。オニール氏はIRAの爆弾テロの正当性を支持し、紛争中に亡くなったIRAのメンバーに敬意を表している。アイルランド共和主義の伝統を破ってエリザベス女王の国葬やチャールズ国王の戴冠式に出席したことで称賛されたが、過去にIRAの記念式典に出席したことで批判を浴びたこともある。 英紙フィナンシャル・タイムズは2月4日付社説で「北アイルランドの象徴的瞬間だ。しかし今、必要なのは『再統一』論争ではなく正常な政府だ」と釘を刺す。「アイルランドの南北再統一を唱えるナショナリスト初の首相、北アイルランドが英国の一部だと強硬に主張するDUPの副首相が誕生するとは、ベルファスト合意の時には想像だにしなかった」という。