ウクライナ戦争3年目 :「トランプ2.0」への先回りは禁物 #平和を願って
藤崎 一郎
世界は「もしトラ」に身構えながら、ウクライナ戦争の3年目を迎える。西側が大規模な軍事支援と対ロ制裁を駆使しても戦況は好転せず、むしろロシアがしぶとさを増す現状を日本はどうとらえるべきか。駐米大使経験者のベテラン外交官は、先回りせずに米国の現政権と歩調を合わせていくことが日本の国益だと説く。
米国の人口構成は移民が増える一方で白人の比率が下がり、ミドルクラス以下の白人労働者は仕事を失った。だからトランプ氏の「アメリカ人は損をしている。俺は外国企業に米国投資をさせ、仕事を作ってやる」というメッセージは彼らに刺さる。 前回2020年の大統領選でバイデン大統領がトランプ氏に勝った州のうち、ジョージア州やアリゾナ州、ウィスコンシン州、ネバダ州は極めて僅差だった。全米の得票数は確かにバイデン氏が上回っていたが、もしこの4州の結果が逆だったらトランプ氏が再選されていた。カギを握るのはやはり接戦州の行方だろう。 このため、11月の本選で「トランプ2.0」が誕生するかどうかは、現時点ではフィフティー・フィフティーとしか言いようがない。選挙の帰趨(きすう)は最後まで分からない。 バイデン政権は「トランプ1.0」の政策をかなりひっくり返した。例えば、民主主義の価値についてトランプ氏は軽視したが、バイデン氏は「民主主義サミット」に取り組んだ。日本や欧州の同盟国との関係も、トランプ氏は「やつらは米国にただ乗りしている」と圧力をかけたが、バイデン氏は同盟重視に戻した。トランプ氏が離脱を決めた気候変動対策のパリ協定にバイデン氏の米国は復帰し、離脱したTPP(環太平洋連携協定)の代わりにIPEF(インド太平洋経済枠組み)を提唱した。
選挙を見越した「早期停戦論」は妥当か
「トランプ2.0」になれば、これらをもう一度ひっくり返そうとするだろう。欧米の支援に頼るウクライナは、特に深刻な状況に追い込まれる。米国は支援を停止し、欧州もやがて追随する可能性がある。そうなれば、ウクライナは継戦能力がなくなる。ドンバス地域とクリミアをロシアに奪われたまま、しかもNATO(北大西洋条約機構)に加盟しない形で停戦に追い込まれる恐れが十分にある。 だからこれ以上ロシアが有利にならないうちに停戦に持ち込むべきだという意見がある。「トランプが勝った後だとウクライナは一層苦しくなるから、領土を割譲してでも戦争を終わらせるべきだ」と。 だけど、バイデン政権は議会共和党の抵抗に遭いながらもまだ対ウクライナ支援を継続しようとしている。もし日本の方から「そろそろ停戦条件の協議を始めましょう」なんて言い出したら、「日本はトランプになることを見越して俺たちの足を引っ張るのか」という議論になりかねない。 しかも、ウクライナ侵攻は明らかな国連憲章2条(武力不行使原則)違反なのに、将来は今よりもっと不本意な撤退になるかもしれないから早く手を打つようなことを日本が主張したら、中国に「そうか、日本は危なくなると降りる国か」と誤ったメッセージを送ることになってしまう。それは日本の国益を損なう。 もちろんさまざまなケースを想定して頭の体操をしておくのはいい。しかし、口に出すこととはまったく違う。元米国務長官のキッシンジャーが2022年5月に世界経済フォーラム(ダボス会議)の席上、和平協定にこぎ着けるにはウクライナ領土の割譲が必要と発言し、ゼレンスキー大統領をはじめウクライナの猛反発を受けたことがあった。 日本は米国に安全保障を委ねている。その大統領を決めるのは米国人。われわれが選べるわけではない。だからもしトランプ政権ができたら「また一緒にやりましょう」、バイデン政権の継続なら「引き続き一緒にやりましょう」と言うだけ。いかに米国と歩調を合わせるかと割り切る必要がある。欧州の国と一緒に対トランプ作戦を練るようなことは、決してやってはいけない。