“バ美肉”に欠かせない「声」にまつわる技術を惜しげも無く公開 『バ美肉紅白2023』レポ
昨今、ソーシャルVRを中心に大きな広がりを見せているメタバースは、自身の好きなアバターを使用することで、「なりたい姿でいられる」ことが大きな魅力の一つだ。メタバースでは、美少女キャラクターになりきって生活する「バ美肉(バーチャル美少女受肉)」が当たり前のカルチャーの一つとなっており、それに付随して「可愛い声を出すための音声技術」にも注目が集まっている。 【画像】ソーシャルVRにおける音声コミュニケーションについての調査結果 こうしたなかで、筆者はメタバースでの音声技術を競い合う歌合戦『バ美肉紅白2023』を昨年12月23日に開催した。本イベントではテクノロジーを用いて女性の声を再現する「ボイチェン(ボイスチェンジャー)軍」と、発声技術のみで再現する「両声類軍」とが、それぞれのノウハウを活用した生歌とその技術解説を披露した。 今年で4度目の開催となるこのイベントはYouTubeライブでも配信され、総視聴者約1,200名が行方を見守る大盛況のイベントとなった。メタバースの音声技術の魅力を伝えるため、3時間に及ぶアーカイブは全編無料で公開されている。 本稿では「ボイチェン勢」「両声類」がどういったものであるか、メタバースにはどれくらいが生息しているのか、データと合わせて紹介する。出演メンバーによる技術解説スライドをすべて掲載し、イベント来場者・視聴者からの感想と合わせて、イベントの魅力を徹底解説していく。 ■はじめに そもそもメタバースの「ボイチェン勢」「両声類」とは? まずは前段として、「ボイチェン勢(ボイスチェンジャー勢)」と「両声類」の違いについて解説していこう。 前者の「ボイチェン勢」とは、ボイスチェンジャーと呼ばれる機械・テクノロジーの力を利用し、話者本人の地声とは異なる声で喋る人たちのことである。ボイチェン勢が主に利用する手法としては、物理的な音響加工機器を用いる「HW(ハードウェア)ボイチェン」と、コンピューターのプログラムによる演算処理で加工をおこなう「SW(ソフトウェア)ボイチェン」の主に2種類のアプローチが存在する。 また近年では第3のアプローチとして、地声を加工するのではなくAIの機械学習を用いて完全に別人の声に置き換えてしまう「AIボイチェン」も話題になっている。しかし、現状のAIボイチェン技術は遅延の問題からリアルタイムで歌唱を披露したりするのがむずかしく、本イベントに出演したボイチェン勢は全員が前述した2種類を利用している。 一方で「両声類」とは、ボイストレーニングによって声帯を自在に操る発声技術を体得した人たち/あるいはそういった声質を持つ人たちのことで、「両生類」をもじって「両"声"類」と呼ばれている。なお、発祥となったのはニコニコ動画の「歌ってみた」シーンであるが、本稿では後天的に発声技術を身に付けた人たちのことを指している。 筆者とスイスの人類学者・ミラが実施した大規模公開アンケート調査「ソーシャルVRライフスタイル調査2023」では、ソーシャルVR住人の音声表現に関しても調査している。これによると、約2,000名の回答者のうち9%がボイチェン勢であり、うち7%がエフェクト式のボイチェンを、2%がAIボイチェンを使用していた。一方で、両声類など、発声技術を利用して普段とは違う声で音声会話をしている人の割合は4%であった。 なお、ここ数年でソーシャルVRユーザーの人口は急増しているにも関わらず、2021年のデータと比べると、この2年間でこれらの割合には大きな増減は見られなかった。 ソーシャルVRにおいて音声を変えて喋る理由については、ユーザーが男性の場合は75%が「地声を女性の声に変換するため」と回答していた。 メタバースにおいては、現実と異なる名前(ハンドルネーム)や姿(アバター)で暮らしているユーザーが一般的であることを考えると、それらに比べて音声技術を使っているユーザーの割合は少ないようにも思える。この理由として、筆者は音声技術を使ううえでの難しさがあると考えている。 見た目に関してはソーシャルVRのインターフェースからアバターを切り替えて好きな姿になることができるが、ボイチェンにせよ両声類にせよ、音声技術に関しては一定の専門知識、あるいは習得するためのトレーニングを求められるためにハードルが高く、なかなか一筋縄ではいかないのである。 逆に言えば、音声技術はメタバースを「なりたい自分になれる」世界として完成させるための最後のピースであると言えるかもしれない。そうした音声技術の魅力を伝えることも、本イベントを開催する意義の一つである。 ■バ美肉VTuber8名による『バ美肉紅白2023』が開幕 『バ美肉紅白2023』は“バ美肉”VTuber(バーチャルYouTuber)8名が「ボイチェン軍」と「両声類軍」に分かれて「kawaiiボイス」を競い合う、メタバース内の歌合戦イベントである。メタバースで美少女になる文化「バ美肉(バーチャル美少女受肉)」と音声技術の振興のために毎年開催されており、今回で4回目となる。 今回は、戦国時代における「関ヶ原の戦い」をモチーフに、メタバースを関ケ原、ボイチェン軍を西軍、両声類軍を東軍に見立ててイベントを開催。応援用のアイテムとして、両軍の「家紋Tシャツ」や「合戦旗」の3Dモデルが配布された。 ライブ総視聴者は1,158名(cluster会場への来場者数449名、YouTubeライブの視聴者数709名)と、過去最大の盛り上がりを見せたイベントとなった。両軍の各メンバーが歌唱と技術紹介を披露したのち、来場者全員による決戦投票が行われ、両声類軍が4連覇を達成した。決着後には健闘を称え合い、全メンバーによる合唱「ロマンスの神様」が披露された。 ここからは各メンバーによるステージの模様を、イベントで使用された技術解説スライドと併せて紹介する。 ■バーチャル美少女ねむ:全人類をkawaiiボイスにするためのたった一つの方法 アプローチ:ボイスチェンジャー 目標:訓練ゼロ&スイッチひとつで誰でもkawaiiボイス! 使用機材:Roland『M-100FX』(HWボイチェン、ピッチ&フォルマント+12) 前提として、男性と女性の声の高さには一般的に約1オクターブの違いがあるため、kawaiiボイスを出すには「いかにして声の高さを上げるか」が一つの課題となる。ボイチェン勢といっても、有名VTuberなどはクオリティの高い声を実現するために音声技術(筋肉)と併用している人がほとんどで、非常に難しい技術なのである。 そんななか、筆者は「全人類をkawaiiボイスにする」方法を確立するため、筋肉は一切使わず「スイッチひとつでkawaiiボイス」を目指すアプローチをとっている。このためにはパワー(ピッチ改変性能)とスピード(低遅延)という2つの矛盾した性能を高いレベルで併せ持つボイチェンが必要となり、こうした要求を満たす機材の入手は難易度が高くなってしまう。参考までに、筆者が使用しているRoland『M-100FX』は18年前の製品で、現在は生産を終了している。Rolandにはぜひ再販してほしいところだ。 ■hal:15年修行してわかった両声類になるための“5つの奥義” アプローチ:両声類 両声類修行歴:約15年 修行方法:毎日ひたすら歌う! つづいて登壇したのはhalさん。2008年から両声類シンガーとして活動し、その圧倒的な歌唱力には定評があり「歌のおねにいさん」の異名を持つ人物だ。両声類VR音楽ライブ「かえるの音楽会」を主催するほか、アバター制作サークル「KeroPiyoWorks(けろぴよワークス)」モデリング担当として各種VTuberの3Dモデル制作も手掛けている。なお筆者が主催した歌ってみたコンテストでは、今のところ参戦すると必ず優勝してしまい恐れられている。 halさんは、15年修行して辿りついたという、両声類になるための“5つの奥義”を解説した。しかし、両声類の道に近道はない。halさんが披露したのは「なりたい声をみつける」「録音して現実と向き合う」「普通に歌が上手くなる為の練習」「気持ちから入る」「とにかく継続」という5つの心構えであった。事実、halさんは圧倒的な練習量による安定感のある美しい歌唱を披露してくれた。 ■もこねもこ:ボイチェンは愛! 愛の力をボイチェンに流し込む アプローチ:ボイスチェンジャー 目標:可愛さとクールさを併せ持つ男の娘ボイス! 使用機材(ボイスチェンジャー):『Little AlterBoy』(SWボイチェン、ピッチ&フォルマント+2.5) もこねもこさんはボイチェンを愛するバーチャルシンガーだ。「ボイチェンお歌」を世界に広めるべく活動しており、目標は「ボイチェン好きな人だけでなく、全ての人に聴いてもらえるシンガーになる」こと。しれっとバ美肉紅白メンバーに混ざっているが、実はバーチャル美”少年”受肉の「男の娘」であり、少年っぽいクールさを併せ持った独自のkawaiiボイスを魅せつける。 もこねもこさんはボイチェン勢でありながらもシンガーとしてのクオリティを高めるために、低遅延(品質はやや犠牲に)ボイチェンと高音質(遅延は大きい)ボイチェンを組み合わせた独自の活動スタイルを紹介した。ボイチェンはアシストのためのものではなく、理想の声を手に入れるための“唯一無二の自分自身”であることを力説。愛の力をボイチェンに流し込み、かっこよさとkawaiiの融合した独自の歌声をステージで魅せつけた。 ■じゃがりこ:プロの意地! ボイトレを極めるとギャルの帝王になれる アプローチ:両声類 両声類修行歴:8年 修行方法:「芋ギャルボイトレ芸」を磨く! じゃがりこさんはソーシャルVRの各種イベントで歌手や「芋ギャルボイトレ芸人」として活躍しているのだが、本業はプロのボイストレーナーだ。両声類アイドルイベント「crossvoice(クロスボイス)」や両声類ガールズバー「Girls' Voice Bar “Castrato”(カストラート)」でキャストを務めるかたわら、VRにおいてもボイストレーナー/ボーカルトレーナーとしても活動しており、声に悩めるメタバース住人達を今日もレッスンで教え導いている。 じゃがりこさんは、いきなり女声の練習をするのではなく、男声で自由自在に歌えるようにボイストレーニングを極めることで「結果的に女声でも自由自在に歌えるようになる」というプロの理論を紹介。あらゆる声を「地声」として自然に作り出せる究極の声帯から圧倒的な歌唱力を繰り出し会場を震え上がらせた。 ■月山ゆかり:筋トレとボイチェン変更で人間を超えたkawaiiの極みへ! アプローチ:ボイスチェンジャー 目標:究極のデジタルkawaiiボイス! ボイスチェンジャー:Little Alterboy(SWボイチェン、ピッチ+2.76) 月山ゆかりさんは関西弁による個性的なトークと、リアルな女性ボイスとは一線を画す、ボイチェンでしか出せない「デジタルkawaiiボイス」を得意とするVTuberだ。高度な技術力を持つ「自作キーボード系VTuber」であり、YouTubeチャンネル登録者数は1.3万人超、キーボードの設計から3Dプリンタによる組み立てまで自由自在。自ら製品開発を行ったショートカットデバイス『CreatorPad』を発売しキーボード界に旋風を巻き起こしている。 月山ゆかりさんが目指すのは、リアルな女性ボイスとは一線を画す、初音ミクをはじめとする合成音声ソフトウェアのような「人間を超えたデジタルkawaiiボイス」。 さらなる高みを目指すために、両声類同様のボイストレーニングを敢行し、遅延を犠牲にしてボイチェンの種類を変更。よりクリアに、より色っぽくなった「デジタルkawaiiボイス 2.0」をステージで披露した。 ■噛ませ戌:リスナーとの関わりの中で目覚めた「未亡人」キャラ? アプローチ:両声類 両声類修行歴:11年 修行方法:ひたすらママを勤める! 噛ませ戌さんは「ママ」ではなく「お母さん」の様な母性溢れる声を目指すVTuber…… のハズが、悲哀を漂わせた独特な雰囲気から、いつしかメタバース内では「バーチャル未亡人」として定着してしまった人物。しかし、そのイメージをいかしてメタバース内の各種イベントでママとして活躍。あまちじょんことタッグを組んだ「V母娘」としても活動している。 噛ませ戌さんは、自身の「未亡人」キャラ誕生秘話を公開! 周囲の人やリスナーとの関わりの中で見つけた、思いもよらない新たな自分との出会いを語った。現在は、単に可愛い声を目指すのではなく、声と立ち振る舞いだけで自分のキャラクターの世界観が伝わるよう努力しているそうだ。 ■セイ・クイーン:ダンボールハウスで高音ボイスお嬢様を目指す海外在住ユーザー アプローチ:ボイスチェンジャー 目標:誰もを虜にする高音域の歌声! ボイスチェンジャー : Graillon2(SWボイチェン、ピッチ&フォルマント+5) セイ・クーンさんはメタバースで新興勢力「私立バ美肉学園」を立ち上げた人物。声楽部と麻雀部の部長を兼任し、日々VTuberとして歌配信や麻雀配信をおこなっている。高い歌唱力と、高音域に定評のある独自の歌声をもつボイチェン界の新星だ。現在はカナダ在住で、海外生活に悪戦苦闘しながらもVTuber活動を続けている。配信活動においては、その歌声とゆるい雑談でじわじわとファンを増やしているようだ。 なお、セイ・クーンさんはボイチェンの練習をしていることがバレないようにダンボールハウス(お手製の防音室)で活動しているという秘密を明かし、会場を爆笑の渦に巻き込んだ。目指すのは、人間の声帯の限界を超えた、ボイチェンでしか到達できない高音域の歌声。脳を突き刺すような魂の歌声に、会場は思わず息を飲んだ。 ■あまちじょんこ:アニキが教える、3,000部売れた女声教本の真髄とは アプローチ:両声類 両声類修行歴:13年 修行方法:データ解析に基づく科学的トレーニング あまちじょんこさんは12年間5歳児として活動しており、メタバース内では「女声ボイスアドバイザー」として活躍している。同氏によるデータ解析による科学的トレーニングに基づく女声の教本「kawaiivoiceを目指す本」は3,000部超えの大ヒットを記録。bilibili動画では登録者数12万人を突破しており、2023年4月にはTBS『ジロジロ有吉』の「バ美肉おじさん」特集に出演し、その女声技術で全国のお茶の間に衝撃を与えた人物だ。 当日はあまちじょんこさんが披露した“幼女とお兄ちゃんとのハーモニー”に会場中が絶句。言わずとしれた大ヒット女声教本「kawaiivoiceを目指す本」作者なだけあって、見た目とは裏腹に理論派タイプなのだ。自分の声の波形を音声解析ソフトで分析し、目標とする声を最速で手に入れるデータ解析に基づく科学的トレーニングを力説。そして披露された新キャラ「めすガキじょんこ」による神々しい歌声に、会場は感動の嵐に包まれた。 ■運命の来場者投票を終え、両軍で「ロマンスの神様」を合唱! 来場者全員による決戦投票が行われた結果、27対49で両声類軍が勝利、4連覇を達成した。決着後には健闘を称え合い、全メンバーによる合唱「ロマンスの神様」が披露された。 ボイチェン勢も両声類もアプローチは違えど、自分の信じるkawaiiを追求する志に違いはない。それぞれの追求する理想をぶつけ合うことで、メタバースにおける人類の新たな可能性が垣間見えるイベントとなった。あらためて、本イベントを見守ってくれた約1200名の皆様にも感謝を申し上げたい。 (参考:『ソーシャルVRライフスタイル調査2023』)
バーチャル美少女ねむ