性染色体の「Y」が男性からなくなると心不全死のリスクが1.8倍増加に…生物学の最新研究からわかった疾患リスクとは
「Y」消失は疾患リスクを高める
Y染色体をもたない細胞が増えると、男性にどのような影響があるのでしょうか? 細胞からY染色体が失われると、寿命が短くなる、アルツハイマー病や自己免疫疾患、がんなどの疾患リスクが増加する、といった研究報告があります。 Y染色体が失われるとなぜこれらの病気が発症するのか、具体的な因果関係はわかっていませんが、Y染色体上の遺伝子が失われることで、免疫機能が異常となり病気となる可能性が示唆されています。 Y染色体喪失は心臓病のリスクを高める、という実験動物を使った研究もあります。 大阪公立大学(現在は国立循環器病研究センター)の佐野宗一博士は、スウェーデンのウプサラ大学、アメリカのバージニア大学との国際共同研究により、人工的に標的遺伝子を壊すことができる遺伝子改変技術と骨髄移植技術を用いて、Y染色体が除去された造血幹細胞(血液のもとになる細胞)をもつY染色体喪失マウスをつくることに成功しました。 Y染色体喪失マウスは、野生型のマウスに比べて短命で、心臓、肺、腎臓などの臓器の線維化(線維成分が蓄積し臓器が硬くなること)が起こりやすく、さらに、心不全の予後が悪いこともわかりました。 そこで、Y染色体が除去された細胞をさらに詳しく調べたところ、マクロファージとよばれる白血球が、Y染色体がないと線維化を引き起こす物質を多く産生し、線維化の促進や心不全悪化の原因となることが示されたのです。 さらに研究チームは、ヒトの調査からも、Y染色体喪失により男性の心不全死のリスクが1.8倍も増加することを明らかにしています。 文/黒岩麻里 写真/shutterstock
---------- 黒岩麻里(くろいわ あさと) 京都府生まれ。北海道大学大学院理学研究院生物科学部門教授。1997年、名古屋大学農学部卒業。2002年、同大学院生命農学研究科応用分子生命科学専攻にて博士号取得。日本学術振興会特別研究員、北海道大学先端科学技術共同研究センター講師、同大大学院理学研究院准教授を経て16年より現職。専門は生殖発生学・分子細胞遺伝学で、哺乳類、鳥類を対象に、性染色体の進化や性決定の分子メカニズムの解明を目指す。NHK「あさイチ」や「ヒューマニエンス40億年のたくらみ」「又吉直樹のヘウレーカ!」などメディアにも出演し、「性決定」についての最新の知見を一般に向け積極的に伝えている。受賞歴は、11年に「哺乳類および鳥類における性染色体と性決定機構の進化研究」で第62回染色体学会賞、13年に「Y染色体をもたない哺乳類種の性染色体進化の研究」で平成25年度文部科学大臣表彰若手科学者賞、23年に北海道大学が次世代の女性教員を顕彰する桂田芳枝賞など。著書に『消えゆくY染色体と男たちの運命――オトコの生物学』(学研メディカル秀潤社)、『男の弱まり――消えゆくY染色体の運命』(ポプラ新書)がある。 ----------
黒岩麻里