ほんのり温かい500円玉… 豪雪のなかの寒行托鉢、響く鈴の音 信仰が息づく町
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。 【画像】豪雪の町を練り歩く、寒行托鉢の修行僧 握りしめていた500円玉
寒行托鉢の同行、願い出てみたものの…
大雪の朝、岩手県奥州市の正法寺に電話をかけて、寒行托鉢の同行を願い出る。 「覚悟はいいですか。ずいぶんと寒いですよ?」 電話口の僧侶にそう問われ、少しひるんだ。 「ええ」と答えて車に乗り込んだものの、すぐに後悔した。普段なら一関支局から40分あればつける道のりが、雪の山道で2時間以上も掛かってしまった。
「日本一のかやぶき屋根」といわれる巨大な法堂
正法寺は1348年に開かれた東北地方最初の曹洞宗寺院だ。 「日本一のかやぶき屋根」といわれる国指定重要文化財の巨大な法堂が有名で、今も全国から僧が集まり、修行を続けている。 寒行托鉢は正法寺の僧侶たちが冬場に行う、奥州市の冬の風物詩でもある。
鈴の音に誘われるように…
気温零下2度。降りしきる雪の中を僧侶たちは念仏を唱えながら町を練り歩いていく。 狭い通りを抜ける度に「チリン、チリン」と鈴(りん)が鳴る。 その音に誘われるように民家や商店から住民たちが飛びだしてくる。 黒い鉢に浄財を投じ、両手を合わせて頭を垂れる。 僧侶の海野義範さんが教えてくれた。 「雪が降っていると、歩いているうちに手足がかじかんできて、終わった時には動かなくなるんです」
普段の修行では知り得ないこと
それなのになぜ、寒行托鉢を続けるのですか? 愚問に正法寺山主の盛田正孝さんが答えてくれた。 「普段の修行では知り得ないことを学べるときがあります。浄財を受け取ると、500円玉がほんのりと温かかったりする。彼らがずっと握りしめて待っていてくれたのだと思うと……」 雪中でさい銭を投じた初老の女性に話を聞こうとすると、柔らかく断られた。 「特別なことは何もしていません。ここでは至極当たり前のことです」 この町では今も暮らしに信仰が息づいている。 (2022年1月取材) <三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。 書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した>