KAN「愛は勝つ」などバイラル上位独占 何十年もかけて積み上げてきた音楽への探求心の結晶
Spotifyの「Daily Viral Songs(Japan)」は、最もストリーミング再生された曲をランク付けした「Spotify Top Songs」とは異なり、純粋にファンが聴いて共感共有した音楽のデータを示す指標を元に作られたランキング。同チャートの11月22日付のTOP10は以下の通り。(※1)。 【画像】コロナ禍にアップフロントメンバーでリモート合唱されたKAN「愛は勝つ」 1位:KAN「愛は勝つ」 2位:KAN「まゆみ」 3位:KAN「愛は勝つ」 4位:KAN「東京ライフ」 5位:KAN「エキストラ」 6位:KAN+秦 基博「カサナルキセキ」 7位:コメティック「無自覚アプリオリ」 8位:KAN「永遠」 9位:PROWDMON, LAS「RUN RUN」 10位:Hi-Fi Un!corn「U&I」 11月17日、シンガーソングライターのKANの訃報が伝えられた。2023年の春、メッケル憩室癌であることを公表し治療に専念していたが、11月12日に帰らぬ人となった。 この訃報を受けバイラルチャートにはKANの楽曲が多数ランクイン。11月22日付のデイリーバイラルチャートでは、2021年に発表された秦 基博との共作「カサナルキセキ」も含め、100位以内に24曲がランクインしていることに加え、トップ10では1位~6位までKANの楽曲が並んだ。逝去したアーティストの楽曲がバイラルチャートに複数ランクインすることは過去に何度もあったが、トップ5を独占する例はあまりなかったのではなかろうか。この結果は、KANがそれだけエバーグリーンなメロディを作り続け、普遍的なテーマを歌い続けてきたからに他ならない。
歌い出すようなピアノがキャッチーなKANの楽曲
KANは、今回のチャートで1位と3位にバージョン違いでランクインしている「愛は勝つ」の大ヒットで知られる90年代を代表するシンガーソングライター、ピアノマンだ。幼少の頃からクラシックピアノを習い、週に1回は近くの教会で賛美歌を歌っていたという彼のデビューは1987年。1991年に「愛は勝つ」(同楽曲収録アルバムリリースは1990年)の大ヒットで同年の第33回日本レコード大賞(ポップス・ロック部門大賞)を受賞、『第42回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)への初出場を果たしている。ソロ活動はもちろん、他のミュージシャンとの交流も幅広く、桜井和寿(Mr.Children)とのユニット、スターダスト☆レビュー、スキマスイッチ、秦 基博らとバンドを結成するなど、アクティブなスタンスで音楽活動を続けて来た。さらにミュージシャン活動だけでなく、今井美樹や清水翔太など、多くのアーティストに楽曲を提供しているほか、スキマスイッチの既存楽曲を再構築した「回奏パズル」のプロデュースを務めるなど、その活躍の場は多岐にわたる。 KANの楽曲の特徴のひとつに、クラシック音楽の影響を感じさせるピアノのタッチがあげられると思う。旋律は優美で軽やかでありながら、時に和音で力強さを出す彼のピアノは、歌っているかのようなフレーズがキャッチーで、ピアノのイントロだけでKANの曲だとわかる個性を放っている。前述した「愛は勝つ」は、オリジナルバージョンでの音楽配信サブスクリプションサービスはなく、1位は弦楽四重奏によるセルフカバーアルバム『la RINASCENTE』(2017年リリース)に収録されたバージョン、3位はライブアルバム『弾き語りばったり #19 今ここでエンジンさえ掛かれば』(2016年リリース)に収録されたバージョンだ。前者にはイントロのピアノが入っていないが、後者ではイントロのピアノが聴ける。そもそもライブバージョンがチャートインすること自体、非常に珍しいことだと思うが、KANのイントロのピアノが1位と3位にバージョン違いの同じ曲がランクインするというチャートアクションに結びついたのは間違いない。今回バイラルチャートを席捲したKANの楽曲は、どの曲もThe Beatlesやビリー・ジョエルを彷彿させるような洋楽のフレイバーが香るグッドメロディばかりだが、驚くのは、その歌声である。デビュー当時、もしくは「愛が勝つ」がヒットした1990年代初頭と変わらぬ瑞々しさと独特の愛嬌がある。中高音のクリアな響き、子音の発音の良さ、さらに母音のコントロールも個性的で、一音の中でも一旦前に出してすぐ後ろの方で響かせるなど、基本はストレートながらも非常にスキルフルである。この歌声があるからこそ、KANのメロディはエバーグリーンな1曲になるのだろう。何十年もかけて積み上げてきた音楽への探求心とグッドメロディの実績が、チャートに表れた……そんな印象を受けた今回のバイラルチャートであった。 ※1:https://charts.spotify.com/charts/view/viral-jp-daily/2023-11-22
伊藤亜希