夜の歌舞伎町を取材した社会部記者が知る 隣にいる「あん」たちと「モモ」のこと
生気が無く、うつろな目をした主人公・香川杏(河合優実)は、ひとり人けのない街を歩く。物語は、そんな場面から始まる。母親から暴力を受け続けて売春を強いられ、10代で覚えた覚醒剤から抜け出せなくなった一人の少女。それでも、出会いを機にやり直そうとする彼女に差し込む情と無情を、「あんのこと」は淡々とつづっていく。 【写真】買春客を待つ女性たちが立つ歌舞伎町の大久保公園周辺=春増翔太撮影 杏の生い立ちや境遇は、社会の「日陰」として扱われがちだ。学校に通わず、売春をして、違法薬物に手を染める。この社会に確かに存在しているのに、そこに至った経緯に目を向けられることは少ない。こうした世界を自分とは無縁だと思っていたならば、「あんのこと」は見る者に痛切なリアルを突きつけるだろう。
売春で日銭 ネカフェを転々
私は今春まで2年余り、夜の新宿・歌舞伎町で路上に立って客を待ち、売春をする女性たちの取材をしていた。ほとんどが10~20代で、売春で日銭を稼ぎつつ、帰る家がないままネットカフェを転々として暮らしている女性も多かった。 彼女たちと接するようになって、すぐに気付いたことがあった。睡眠薬を多用したり、自らの腕や足に傷をつけたりする女性が珍しくないということだ。そうした女性たちには、少なからず複雑な家庭環境や生い立ちがあった。
家族から虐待「ホストクラブが家」
出会った中に19歳の女性がいた。私は後に彼女を記事に書き、仮の名で「モモ」と呼んだ。モモは、幼少期から母親だけでなく父親や兄にも暴力を振るわれてきた。兄からは性的虐待も受け、食べるためにコンビニで万引きをした。小学校5年生で実家を飛び出し、その後のほとんどを児童相談所と児童養護施設で過ごしてきた。 だから、「家族は家族だと思えない」とモモは言う。歌舞伎町に出てきたのは18歳の時。ネットカフェで暮らし、稼いだ金はホストクラブにつぎ込んだ。それでいて、真冬の道端では、疲れと寒さからうずくまっていた。なぜ、そんなに身を削ってまでホストクラブに通い、明日をも知れない日々を続けるのだろう。尋ねると、彼女は淡々と言った。「私にとってホストクラブって家みたいなんだよね。行くと『おかえり』って言ってくれて、すごくアットホームなの」