大谷翔平の大暴れに期待のオールスター その歴史で記録と記憶に残るのが故ウィリー・メイズさん
7月16日(日本時間17日)、米テキサス州アーリントンのグローブライフフィールドでMLBオールスターゲームが行われる。1933年にスタートしたこの試合は、1959~1962年の4年間は2試合ずつ行われていたが、それ以外は1試合ずつの開催。第二次世界大戦の渡航制限による1945年とコロナ禍による2020年の2回は中止となっており、今年が94回目となる。 日本のファンの注目はなんといっても、大谷翔平の活躍だろう。ホームラン競争の不参加を表明している中、4年連続ファン投票で選出された今回こそ、一発が期待される(過去3回の出場では4打数1安打、2四球、1三振の打率2割5分)。 そして長いメジャーの歴史の中で、オールスターを語る上で忘れられない選手の一人が、6月18日、93歳で亡くなったウィリー・メイズさんだ。レギュラーシーズンで通算打率3割1厘、660本塁打、339盗塁に加え、12年連続ゴールドグラブ賞と史上最高の5ツールプレーヤー(ミート力、長打力、走力、守備力、送球力を兼ね備えた選手)として知られているが、ワールドシリーズの“ザ・キャッチ”とともに、実はオールスター男としても、全米のオールドファンの記憶に刻まれている。 メイズさんは1954年に初めて選出されてから1973年まで20年連続選出され24試合に出場した。うち18試合の先発出場はハンク・アーロン、カル・リプケンの17試合を抑えて最多記録。なおかつ、出場選手数を増やしたために先発しても2打席回ったら交代が当たり前になってきた現在のスタイルと違って、なんと11試合はフルイニング出場。指揮を執る監督にとっては、勝利のために最後までプレーして欲しい選手だったのも間違いないだろう。 もちろん、出場成績も素晴らしい。デビュー1年目から5年連続安打&得点。1956年にはヤンキースの左腕エース、ホワイティ・フォードから代打2ランを放ち、1960年は2試合とも3安打を放ってナ・リーグの連勝に貢献した。二塁打、三塁打、本塁打と長打3種類ともマークしている。オールスターのMVPがなかった時代に“MVP級”の活躍だった。 そして1963年にその時が来る。3打数1安打2打点2盗塁2得点の活躍。当時ヤンキースの若き一塁手だったショー・ペピトーンの左中間大飛球をフェンスにぶつかりながら好捕して、5―3でのナ・リーグ勝利の立役者となり、名誉あるオールスターMVP第1号となった。 1968年は不振で出場が危ぶまれたが、ピート・ローズ(レッズ)の負傷で選出されると1番で先発出場。1回に左前安打で出塁すると、メイズの足を警戒した投手のけん制悪送球で二進、次いで暴投で三塁に進むと後続の内野ゴロで生還。この1点が決勝点となって、史上初の2度目のMVPを手にした。当時の報知新聞には「何も考えずにホームを踏んだ。まさかあれが決勝点になるとは。ラッキー、ラッキー」と話していたと記されている。 1973年は、そのシーズン限りでの引退が伝えられると、キューン・コミッショナーの特権で選出。8回に代打で出場するとスタジアムにつめかけた4万余のファンが総立ちで拍手を送り、左腕のスパーキー・ライルの前に空振り三振で倒れた後もスタンドからの大きな拍手は鳴りやまなかった。最終的なオールスターの通算打率は3割7厘に終わったが、出場した24試合のナ・リーグの戦績は17勝6敗1分け。ちなみに、史上最多の25試合に出場した同時期に活躍したライバル、アーロンは1割9分1厘だった。 ★メイズの持つ主なオールスター記録 ▼MVP2度(タイ) ▼通算先発出場18(2位は17) ▼通算打席82(2位は72) ▼通算得点20(2位は11) ▼通算安打23(2位は20) ▼通算三塁打3(タイ) ▼通算長打8(タイ) ▼通算盗塁6(2位は5) ※3本塁打&9打点はともに4位 (蛭間 豊章=ベースボールアナリスト)
報知新聞社