第101回箱根駅伝予選会、東海大・両角監督が語る落選の理由、酷暑の中「トップ通過候補」は危機的状況だった
(スポーツライター:酒井 政人) ■ ロホマンがゴール手前10mで途中棄権 第101回箱根駅伝予選会で最もショッキングな結末となったのは東海大だろう。6月の全日本大学関東学連推薦校選考会を1位通過して、参加資格上位10人の10000m平均タイムは2位。トップ通過の候補に挙げられていたが、レースは大苦戦した。 【写真】2024年5月3日、日本選手権の男子10000mで3位に輝いた東農大の前田和摩 10km通過順位は7位で、15km通過順位は9位に転落。それでも17.4km通過順位は8位に浮上して、11位の神奈川大に2分47秒のアドバンテージがあった。順当なら通過は確実といえる状況だった。 しかし、チーム10番目を走っていたロホマン・シュモン(3年)に異変が起こる。ラスト数十mを這うように進むと、ゴールの10m手前で動けなくなったのだ。最後は審判長が「途中棄権」のジャッジを下し、ロホマンは車イスでコース外へ運ばれた。 次の選手もなかなか姿を現さず、東海大は11時間03分39秒の総合14位。悲劇的なアクシデントで12年連続出場を逃した。 ■ トップ通過候補は危機的状況だった 東海大・両角速駅伝監督はロマホンに付き添っていたため、当日の取材はかなわなかったが、レースの3日後、筆者の電話取材に応じてくれた。そしてチームにあった“危機的状況”が明らかになった。 まずはロホマンについて。西出仁明ヘッドコーチによると、調子は良く、スタート前の状態も普通だったという。両角監督も「調子は悪くなかったです」という状態だった。 「ロホマン本人は残り1kmくらいまでは元気に走っていたようです。よく覚えていないようですが、残り800~600mでちょっとおかしいなと感じたみたいです。それでもラスト1kmでペースを上げる余力はあったらしいんですよ。ギアを上げた後に異変があったんじゃないかと思います」 両角監督がロホマンの走りを最後に見たのは16km地点くらいで、異常は感じられなかったという。その後は昭和記念公園内の「みんなの原っぱ」に移動して、巨大モニターでレースの生中継を視聴した。 「東海大の選手が何人ゴールしたのか確認していたんですけど、そこにロホマンがあのような状態で入ってきて、『頑張れ』としか思えませんでした。一生懸命もがいていたんですけど、這ってでもゴールできる距離ではないなと感じていました。審判員が寄っていったときは、途中棄権は仕方ないなと思いました……」 ロホマンは病院に搬送され、「重度の熱中症」という診断だった。東海大の落選はロマホンの熱ケイレンが大きかったのは間違いないが、チーム状況も良くなかったという。 「直前に捻挫や貧血があり、その前に故障もあって、全日本大学駅伝選考会を走った8人のうち5人を欠いたんです。出走した3人も調子が良くありませんでした。反対に全日本選考会メンバー以外は調子がいい感じがあったので、暑さのなかでも力以上のものを出そうとした部分がロホマンだけじゃなくて、いろんな選手にあったような気がします」 東海大は6月の全日本大学駅伝関東学連推薦校選考会をトップで通過した。そのメンバーでは、兵藤ジュダ(3年)、竹割真(3年)、永本脩(2年)が登録外となり、五十嵐喬信(4年)と鈴木天智(3年)も出走メンバーから外れた。さらに梶谷優斗(4年)、花岡寿哉(3年)、檜垣蒼(1年)の調子も良くなかったという。 それでも花岡が23位(1時間04分27秒)、檜垣が29位(1時間04分35秒)と奮起した。一方、集団走のグループがうまく機能しなかった。暑さを考慮して、キロ3分03秒で行く予定を3分05秒に落とすも、早々と集団から離れていく選手がいたのだ。 ロホマンは前回の箱根駅伝(10区で区間20位)でシード権を逃がした責任を強く感じていた部分もあったようだ。5kmを15分18秒、10kmを30分36秒と前半は設定を少し上回るペースで通過した。後半はペースダウンするも20kmは1時間02分31秒で通過。順調なら1時間06分前後でフィニッシュできたはずだが、最後に急失速した。 今回の通過ラインは11時間01分25秒(平均1時間06分08秒5)。予選会がハーフマラソンで行われるようになった第95回大会以降で最低水準になった。前年の10位は10時間37分58秒(1時間03分47秒8)で、従来の過去最低は第96回大会の10時間56分46秒(1時間05分40秒6)なので、今回がいかに“過酷な条件”になったのか理解できるだろう。