江口のりこ、内田慈、古川琴音が三姉妹で競演する『お母さんが一緒』演技派俳優たちのアンサンブルが生みだすヒリヒリ感と笑いのハーモニー
これまで幾度となく描かれてきた“家族の物語”に新たな傑作が誕生。『お母さんが一緒』(公開中)は、母親と旅行に訪れた三姉妹に勃発した壮絶な姉妹ケンカを映した珠玉のホームドラマだ。 【写真を見る】母親を連れ温泉旅行にやってきた三姉妹の悲喜こもごもを描く “人間の感情“を克明にスクリーンに活写する橋口亮輔監督が、自ら手掛けたドラマシリーズを新たに再編集して長編映画化。劇作家で脚本家のペヤンヌマキによる舞台を原作に、母親への複雑な想いを抱える三姉妹の妬みや本音をブラックユーモアたっぷりに描きだす。三姉妹に扮したのは江口のりこ、内田慈、古川琴音といういま最も注目される演技派たちなので、ここでは絶妙なアンサンブルを奏でている女優陣にフォーカスしてみよう。 長女の弥生、次女の愛美、三女の清美は、母親の誕生日をお祝いするため一緒に温泉旅行へとやってきた。来る道すがらも不平不満ばかりだった弥生は愛美が予約した温泉旅館にケチをつけ始め、三姉妹は早くも険悪なムードに。気を取り直して母親に贈る誕生日プレゼントの準備を進めるが、そこに清美がサプライズで結婚報告をするため呼びつけた彼氏が登場。親孝行のために計画した楽しいはずの家族イベントが、本音をぶつけ合う修羅場へと化していく…。 ■卓越した演技センスで口うるさい長女に扮する江口のりこ 本作でなにかと口やかましい弥生役を務めたのは江口。弥生は高学歴ながら美人の妹2人にコンプレックスを抱く三姉妹の長女だ。江口は「ネガティブな発言しかしない母親」に性格がそっくりな弥生をクセ強めに演じている。 江口は笑福亭鶴瓶と共演した『あまろっく』(公開中)でも人生こじれがちな女性に扮した。理不尽なリストラから引きこもりになってしまった近松家の39歳の一人娘である優子は、父親が20歳の女性と再婚したことに戸惑うが…。恋を知り変わっていく優子の姿にほっこりさせられる。 また、安藤サクラ&山田涼介共演の『BAD LANDS バッド・ランズ』(23)では特殊詐欺グループを検挙しようと血眼になる大阪府警の特殊詐欺合同特別捜査班の班長を熱演。さらに6月にシーズン4の放送が終了したばかりの「ソロ活女子のススメ」では、退勤後に一人時間を楽しむ活動=ソロ活に勤しむ出版社勤務のヒロインの五月女恵に扮した。フリーライターの朝井麻由美のエッセイを原作とするこの人気ドラマでは、江口による我が道を行く主人公の潔さがユーモラスに作品を彩る。同じくユーモア漂う『お母さんが一緒』で江口はコメディリリーフとしての役割も見事に果たし、卓越した演技センスを披露している。 ■優等生の姉と比べられ続けてきた次女を体現する内田慈 そして仕事も男性関係もルーズな愛美役は、原作舞台から続投した名バイプレーヤーの内田が務めた。愛美はいつも成績のよい弥生と比べられて悔しい想いをしてきた次女だ。内田は、本来は明るく気さくな性格の愛美を、ふり幅大きく演じている。 内田は主演作『あの子の夢を水に流して』(22)で、生後間もない息子を亡くした母親のやるせなさや喪失感を、淡々とした佇まいで余すことなく表現した。そして『下衆の愛』(16)で枕営業をする売れない女優役でスゴ味のある演技を見せたかと思えば、『決戦は日曜日』(22)で政治家の選挙演説事務所の私設秘書を飄々と演じたことも。役柄と彼女自身がシンクロすることで生みだされる“説得力”には思わず引き込まれるが、『お母さんが一緒』でも口論のさなかに愛美が心に抱えた闇を放出。その演技を越えたせつない涙にじーんとさせられる。 ■家族の緩衝材的存在の三女を魅力たっぷりに演じる古川琴音 最後となる古川が担当したのは、勝手ばかり言う姉2人を冷めた目で見つめる清美役。面倒な家族のとりなしをしつつも、突然の結婚報告で姉たちを困惑させる三女をキュートに演じた。 古川はSixTONESの京本大我と共演した『言えない秘密』が現在公開中だ。こちらはアジアで大ヒットした台湾映画の日本リメイクで、この作品が恋愛映画での初のヒロイン役となる古川は、ピアノを弾くことが大好きな雪乃をミステリアスに演じている。一方、今泉力哉監督作『街の上で』(21)では古本屋の店員に扮し、主人公と不思議な友情を築く女性を好演。小さい頃にピアノとバレエを習っていたという古川は立ち姿が美しく、クラシカルな雰囲気と共に“人柄の温もり”のようなものが演技に滲む。『お母さんが一緒』で演じた役柄はそんな古川にぴったりのキャラクターで、母親や姉たちへの不満を心に秘めながらも家族の緩衝材となる大切な役どころを体当たりで演じている。 一緒に過ごした時間の分だけ家族の歴史は積み重なり、“いちばん近い他人”であるからこそ、お互いへの不平や不満も少しずつ溜まっていく。そんな家族のビターな問題が、江口、内田、古川の演技派3人による絶妙なアンサンブルでユーモアを交えて描かれることで、ハラハラしながらも最後は笑ってほっこりできる人間賛歌に仕上がった。 ■「ネルソンズ」の青山フォール勝ちが3人に負けない存在感を放つ! また、特筆すべきは本作の重要人物を演じたお笑いトリオ「ネルソンズ」の青山フォール勝ちの怪演だ。清美の彼氏タカヒロとして今回の大騒動を巻き起こす一因となるが、青山による人間味あふれる実直で朴訥な演技が生みだす笑いが、ヒリヒリ感満載の人間ドラマでひと息つかせる一助となったことは間違いない。 「やっかいだけれど、やっぱり愛おしい」そんな家族の普遍的な姿を映す『お母さんが一緒』。橋口監督の鋭くも温もりある人間観察が冴えわたる傑作ホームドラマは、劇場で堪能してほしい。 文/足立美由紀