池上彰が映画で世界を解説!『コヴェナント/約束の救出』──今も続くアフガニスタンの貧困と苦境
描かれた時代背景や、舞台となる場所の特性、映画に込められたテーマや視点など、知っていると面白さも知識も倍増する、ジャーナリスト池上彰さんならではの映画の見方で映画をご紹介いただきます。(ぴあアプリ「池上彰の 映画で世界がわかる!」より転載) 【全ての画像】『コヴェナント/約束の救出』(全7枚)
題名の「コヴェナント」とはわかりにくい言葉ですね。副題が「約束の救出」になっていますから推測がつくと思いますが、「約束」あるいは「契約」の意味です。もともとは『旧約聖書』の中に出てくるユダヤ人と神との契約が典拠ですが、現代のアメリカでは「必ず守る約束」という意味で使われています。 では、「必ず守る約束」とは何か。自分を窮地から救ってくれたアフガニスタン人通訳をアフガニスタンから救出する物語なのです。フィクションではありますが、ほぼ同じような話がアフガニスタンでは存在していたので、そこに着想を得たガイ・リッチー監督がドキュメンタリータッチに仕上げました。 舞台は2018年のアフガニスタン。いま米軍はアフガニスタンから撤退しましたが、この頃はアフガニスタンでイスラム武装勢力タリバンの反攻を受け、苦戦していました。 主人公の米軍のジョン・キンリ―曹長は、タリバンの武器を探し出す部隊を率いていました。通訳としてアフガニスタン人のアーメッドが同行します。タリバンにすれば、米軍の協力者は裏切り者。命が狙われる立場になりますから、アーメッドには報酬としてアメリカへの移住ビザが取得できることになっていました。 部隊はタリバンの武器の隠し場所を突き止めますが、タリバンの大規模な反撃を受け、キンリ―曹長とアーメッド以外の兵士は全員殺されてしまいます。キンリ―も銃撃を受けて瀕死の重傷を負いますが、アーメッドはキンリ―を運んで山中100キロも進み、米軍の偵察部隊にキンリ―を引き渡すことに成功します。 意識を失っていたキンリ―は治療を受けて快復。妻子の待つアメリカに帰還できますがアーメッドはタリバンに狙われて行方がわからなくなっていることを知ります。 自分の命の恩人を救出し、約束通りアメリカに渡る移住ビザを取ってやらなければ。こうして「コヴェナント」を実行しようとするのです。 ところがアメリカの官僚機構に阻まれてアーメッドの移住ビザはなかなか取得できません。アメリカ国内でたらい回しにされていたキンリ―は、単身アーメッドを救出するためにアフガニスタンに戻っていきます。 スリルに満ちた逃避行と捜索活動、キンリ―は「コヴェナント」を果たせるのか。 友情と感動の物語としてよくできていますが、冷静な立場に立ち返ると、なぜ2018年の段階で米軍がアフガニスタンにいるのかという問いに逢着します。 きっかけは2001年9月11日のアメリカ同時多発テロでした。アフガニスタンに潜伏していた反米テロネットワーク「アルカイダ」の指導者オサマ・ビンラディンの命令で起きたテロでした。アメリカのジョージ・ブッシュ大統領(息子)は、アフガニスタンを実効支配していたタリバンに対し、ビンラディンの引き渡しを求めますが、タリバンは拒否。そこで「テロリストもテロリストをかばう者も同罪だ」と言って、アフガニスタンを攻撃。タリバン政権は崩壊し、アメリカ寄りの政権を樹立します。 しかし、ブッシュ大統領は、続いて「イラクが大量破壊兵器を持っている」と言って、2003年にイラクを攻撃。フセイン政権を倒します。このとき米軍はアフガニスタンにいた主力部隊をイラク攻撃に回したために、アフガニスタンでの治安維持が手薄になり、タリバンの復活を招いたのです。 米軍に協力すれば貧困から抜け出せ、安全なアメリカに移住できる。そんな夢を持ったアーメッドのような若者たちが大勢いたのですが、米軍は2021年8月にアフガニスタンから一方的に撤退。アメリカに協力していたアフガニスタン人は大勢が取り残されてしまいました。 この映画は映画としてよくできていますが、背景となったアフガニスタンの貧困と苦境は続いているのです。 『コヴェナント/約束の救出』 2月23日(金)公開 ■池上 彰(いけがみ・あきら) プロフィール 1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。