土居美咲らトップ選手を指導してきた佐藤雅弘トレーナー「グランドスラムの2週間を戦い続ける身体づくりが必要」[前編]【テニス】
土居美咲の引退は「悔しい」。担当トレーナーとして「何をやっているんだという目で見られることも当然ある」
Q:若い時、力がある時には基本や型よりもなんとかできてしまいそうな感じがします。その方が頑張ったような気もするし全力を出したような充実感もあります。 佐藤トレーナー:結局は試合が物語っているように思います。グランドスラムは2週間と長く、予選から出場する選手の場合は3試合のハードな試合を勝ち抜いて本戦の2週間を戦える身体なのか、1回だけでよければ持っているパワーを出し切ればいいですが、これが5試合、6試合持ちますかということです。目標はトーナメントを勝ち続けることで、例えば選手が持っている筋力だけで戦えると思っていても、平均の出力発揮レベルが勝ち進むにつれて下がってきてしまう。大きな筋肉、小さな筋肉をコントロールして例えば6:4ぐらいの割合で上手く力を出せれば、普段自分が過剰に発揮している100%の出力をもっと効率よく、長い時間、発揮するこができ、体力の消耗を防ぎながらパフォーマンスを引き上げることが可能になると思います。 特に女子の選手だと、私が担当してきた奈良くるみさんや土居美咲さんは身長が低いこともあり、高く弾むボールに対して対応していく必要がありました。その当時の形態を見ても下半身に比べ上半身の貧弱さを感じました。そこでまずは筋力強化を図るためにウエイトトレーニングを取り入れました。相手のパワーのある弾むボールに対してもしっかりと受け止めて跳ね返すことの出来る筋力とそれに付随するスタート時の1~3歩、リセット時の速さまでの準備を早く「動きは最大!」をキーワードとしながら、その他の体力要素も含めて、グランドスラムの2週間を戦い続ける身体づくりをやってきました。 Q:土居さんのお話が出たところで引退に至る経緯などの記事を読んだのですが、腰痛からツアーを休んで休養し、いろいろ取り組まれた様子と引退についてお話しできる範囲で構いませんので、佐藤トレーナーとしての見解をお願い致します。 佐藤トレーナー:彼女から最初にオファーを頂いたのは2014年12月でした。当時は特に大きな痛みを持っている箇所もなかったように思います。膝の痛みが出てきた時がありましたが、その時にはPT(理学療法士)の資格を持ち機能解剖的な側面からアプローチするトレーナーと共に情報を共有し、補強運動・強化プログラムを組んで、その時は痛みを改善することができました。年間30大会を海外で過ごすので日本にいる期間が少なく、帰国直前に彼女から痛みの報告を受けることがありました。 帰国時には調整期間となるはずで強化も含めてトレーニングを進めるつもりでしたが、身体の方がマイナスの状態だったため、まずはPTのチェック後、リハビリメニュからのスタート。日本滞在が2週間位だと強化の時間が中々取れないまま次の遠征に向かうという状況もありました。今回の腰痛の件に関しては、専門の先生に診ていただいたりしながら様々な対処法やアドバイスをもらって試行錯誤を繰り返しましたが、これ以上のリスクは取れないという本人からの意向もあり、今回の決断に至った訳です。医療の現場でも「チーム医療」ということが言われていて、医者、患者、PT(理学療法士)、それを支える家族がひとつのチームになっていかないといけない。「本人も私を含めた周りのスタッフも悔しい思いはありますが今後の課題としていきます。 トレーナーの立場から発言させてもらうと、選手にとってはコーチが主なのでそこが柱となって、同時進行で我々がフィジカルの強化や怪我につながる動き、疲労などをリカバリーしていくことに関してチームとしてスタッフのコミュニケーションをもっと取れるようにしていかなければいけないと感じました。現在ではランキングは落ちてしまいましたが、当時はグランドスラムの本戦に入ることが(土居さんの)モチベーションではなく、フルで思い通りの試合ができることを目指していました。「たられば」で言えばいろいろありますが、最後の締めくくりが東レPPOで(幸運にも)本戦1回戦は世界ランク49位の選手(ペトラ・マルティッチ)と対戦することになり、これで終わりかな?と本人も思っていたようですが、試合後本人に会ったら「勝っちゃった」と「これでランキングが上がるね!」と(笑) 最後になった試合も当時世界ランク6位のマリア・サッカリー(ギリシャ)戦は、引き際であそこまでできて本人も「思いっきりやれました!」と言っていました。 トレーナーとして、次の世代に後悔をさせないように、正しいこと、怪しいこと、この人には効くけどこの人には効かない場合もあるとか、「学ぶ姿勢」がなければいけないと考えています。もう一つ、子供も親にも言えることでボブ・ブレッドさん(2021年に逝去/グランドスラムチャンピオンを育てた名コーチで修造チャレンジ参画など日本テニス界の発展に貢献)がよく言っていた言葉に「アビリティー・トゥ・ラーン」(ability to learm:学習する能力)がありました。学ぶ能力、自分から「これは面白いな!」とか「楽しそうだな」とか「やってみたいな」とか自分から学んでいく力が少なくて、課題を与えられて「はい、やりました」と言うだけでは発展しない。これが正しいよと与えるのは簡単だけど「これをやったら面白いよ」というヒントを与えて、さも自分が掴んだような感じにさせる、掴ませて自己効力感を上げていくというのが今思えば(選手に対する)狙いだったのではないかと思います。
知花泰三
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