米国の顧客利益保護規則をめぐる新たな展開
顧客保護規則違反に問われたTIAA
米国の証券取引委員会(SEC)は2024年2月16日、米国教職員保険年金連合会・大学退職株式投資基金(TIAA-CREF)の証券子会社 TIAA-CREF Individual & Institutional Services (以下、TC社)が、証券会社やその所属証券外務員等の関係者が個人顧客(retail customers)に対する投資推奨を行う場合、自らの経済的またはその他の利益を顧客の利益に優先させることなく、顧客の「最善の利益(best interest)」に適った行動を取ることを求める顧客利益保護規則(Regulation Best Interest 以下、RBI)に違反し(注1)、125万ドルの民事制裁金の支払いや93万ドル以上の違法利益の没収に応じることで、SECと和解したことを発表した(注2)。 TIAA-CREFと言えば、日本では大学等の教職員年金を運用する米国で最大級の機関投資家というイメージが強いだろう。しかし実際は、確定給付型の年金資産を運用するだけでなく、確定拠出型の投資優遇税制である個人退職勘定(IRA)の対象となるミューチュアル・ファンド(投資信託)の運用と販売や他社の運用するミューチュアル・ファンドの販売も行う巨大金融サービス業者なのである。2014年には、投資運用会社ヌビーン・インベストメンツ(以下、ヌビーン)を62.5億ドルで買収し、ミューチュアル・ファンドの運用会社としても全米20位以内の規模となっている。なお、2016年には大学株式投資基金(CREF)の運営にあたる理事会が新たに設けられたため、TIAA-CREFは正式名称をTIAAに改めた。 そのTIAAがRBI違反に問われたわけだが、どのような行為が問題となったのだろうか。
TIAAが行ったこと
TC社がIRAを通じて投資を行う個人顧客向けに提供しているサービスとしてTIAA IRAがある。TIAA IRAには「コア・メニュー」が設けられている。「コア・メニュー」にはTC社が選定したTIAAが運用するミューチュアル・ファンドや傘下にあるヌビーンが運用するミューチュアル・ファンド(以下、両者を合わせて「関連会社ファンド」という)のほか、TIAAが運用する退職者向けアニュイティ(一時払い年金)が含まれる。TC社の顧客が「コア・メニュー」内の金融商品に投資する場合、資産配分に関する第三者のアドバイスを受けたり自動定額積立てを行ったりすることが可能である。「コア・メニュー」内の関連会社ファンドは、顧客の負担する信託報酬等の手数料が高めに設定されているが、最低投資単位が低く少額での投資が可能となっている。 TIAA IRAには、「コア・メニュー」以外に「ブローカレッジ・ウィンドウ」と呼ばれる証券売買仲介サービスもある。これは一般の証券会社が提供するブローカレッジ・サービスと同様のもので、関連会社ファンドに加えて、TIAAとは無関係の投資運用会社が運用するミューチュアル・ファンドやETF、株式、債券などへの投資が可能である。 TC社の顧客が投資できる関連会社ファンドの中には、「コア・メニュー」と「ブローカレッジ・ウィンドウ」のどちらでも投資可能な商品があり、「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じて投資するファンドは、信託報酬等の手数料が低めに設定されている、いわゆる「機関投資家向け」ファンドであった(注3)。機関投資家向けファンドは、顧客の費用負担は小さいが、最低投資単位が大きい。「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じた関連会社ファンドへの投資には、TIAAが運用するファンドの場合200万ドル、ヌビーンの運用するファンドの場合100万ドルといった最低投資単位が設定されていた。「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じた関連会社ファンドへの投資は大口の投資に限定され、その代わりに顧客の費用負担が抑えられる仕組みとなっていたのである。 ところが、TC社のクリアリング・ブローカー(注4)と各関連会社ファンドとの合意により、TIAA IRAの「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じて提供される関連会社ファンドの最低投資単位が撤廃されることとなった。この結果、「コア・メニュー」に含まれていた96ファンドのうち80については、「ブローカレッジ・ウィンドウ」で同様の商品をより低率の手数料負担で購入することが可能となったのである。 TC社はこの事実を2020年12月には認識していたが、TIAA IRAの口座開設時の説明書類で、「コア・メニュー」で投資可能な商品と同様の商品を「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じて少額の費用負担で購入できるといった情報を開示しなかった。また、それらの商品の「コア・メニュー」での買付けに伴う利益相反、すなわち顧客が高額の費用を負担する一方でTC社がより大きな利益を得ることになるという事実についても情報開示を行わなかった。結果的にTIAA IRAの顧客の大部分(94%以上)は「ブローカレッジ・ウィンドウ」を活用せず、「コア・メニュー」のみを通じて関連会社ファンドへの投資を行ったのである(注5)。 2021年2月以降、TC社は、利益相反の存在や低率の手数料負担で同様のファンドを購入できるといった事実の開示を行ったが、「ブローカレッジ・ウィンドウ」を通じた関連会社ファンドの購入に関する最低投資単位は2021年11月に改めて設定されるまで、特に設けられていなかった。2022年12月以降は、「ブローカレッジ・ウィンドウ」での関連会社ファンドの提供は行われていない。