映画『NO 選挙, NO LIFE』前田亜紀監督インタビュー──選挙ドキュメンタリーから民主主義を考える【GQ VOICE】
選挙の面白さを伝え続けるフリーランスライター、畠山理仁(みちよし)を追ったドキュメンタリー映画『NO 選挙, NO LIFE』が11月18日(土)に公開される。畠山の取材から見えてくる選挙の面白さとは何か。そして、ネツゲンはなぜ選挙や民主主義を題材にした映像を発表し続けるのか。本作の監督を務めた前田亜紀に話を訊いた。(本誌12月号掲載) 【写真つきの記事を読む】映画の見どころをチェック!
“選挙に取り憑かれた”畠山の肩越しに選挙を見る
前田亜紀監督が所属するネツゲンは、『情熱大陸』(MBS)などのテレビ番組の企画制作を手がける映像会社だ。またこの数年は、『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)、『香川1区』(22 )、『劇場版 センキョナンデス』(23)、『シン・ちむどんどん』(23)と、コンスタントかつ精力的に、選挙にまつわる映画を発表し続けている。 最新作『NO 選挙, NO LIFE』(以下、『ノー選挙』)は、選挙取材をライフワークとするライター、畠山理仁に密着。2022年7月の第26回参議院議員通常選挙(以下、参院選)東京選挙区での取材を追った、会新の一作である。なぜいま、前田監督は畠山を撮ることに決めたのか。 「畠山さんの著書『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社、2017、第15回開高健ノンフィクション賞)を読んで『選挙ってこんなに面白いのか』と目から鱗が落ち、同時にすごく胸が熱くなりました。そして『いつかこの人を取材したい』と思いました。畠山さんが選挙の中で見ている景色を伝えられたら、たくさんの人の選挙観が変わると確信したからです。 今回題材にした参院選を逃すと、次回の国政選挙は数年後(註1)。国政選挙にこだわらなくてもいいとは思いながらも、できれば大きな選挙で畠山さんを追いたかった。それで取材に踏み切りました。取材者の畠山さんを、取材者である私が取材するという入れ子構造は、映画の肝であり、同時に撮影する私にとっての大きな課題でした。“畠山さんの肩越しから”選挙を見つめることに徹し、街頭演説を分刻みで駆け回る背中に必死にくらいついています」 畠山は、政党の大小や所属、さらに主張内容を問わず、必ず全員に接触したうえで記事を書くことを信念に貫いてきた(註2)。 「畠山さんは、公平(フェア)であることに人一倍こだわり、一貫している──取材中、そう感じる場面が多々ありました。畠山さんが“無頼系独立候補”(註3)と呼ぶ候補者たちに対して、ほとんどの人はその主張に耳を傾けることはないし、彼らの立候補を『売名行為だ』と批判する人たちさえいます。でも畠山さんは、どの候補者にも等しく真剣に向き合う。出馬には煩雑な手続きや多額の供託金(註4)を要します。『それだけのことをクリアしてまでここに立つ権利を獲得し、選挙に臨んでいるのだから、候補者は大事にしなければいけない』と、常々現場でおっしゃっていました。候補者たちから畠山さんへの信頼が厚いのも、こうした姿勢ゆえだと思います」 ■選挙取材の限界と最後の仕事 同じくネツゲンが制作した映画『国葬の日』(註5)も、今年9月に公開されたばかりだ。畠山が追う参院選の投開票日まであと2日と迫った2022年7月8日午前11時31分ごろ、遊説中の安倍晋三元首相が銃撃された。『ノー選挙』では、当日の畠山や候補者たちの様子も映し出されている。 「畠山さんと私は、この一報を聞いた直後、お昼の街頭演説で合流しました。ほとんどの候補者がこの日の街頭演説を急遽中止し、畠山さんは落胆を隠しきれず、途方に暮れていましたね。しかし夜に、れいわ新選組の山本太郎さん(註6)が街頭演説をやると聞きつけ、私たちは現場に向かいました。事件直後の、いまだ混乱と動揺の空気が強いなかにもかかわらず、畠山さんから質問を受けた山本さんは、非常に真摯に国民を眼差したメッセージを発していました。 一方、翌日の自民党の街頭演説の現場は、案の定、今回の選挙は弔い合戦であるかのように語気を強めていました。こうした暴力はもちろん許せないことだけれど、なぜこんな事態が起きたのかに向き合うことなく、政党への投票や支持を訴える姿に、私は違和感をおぼえました。本当に、選挙活動から民主主義を強く考えさせられた出来事でしたね」 投開票日の翌日7月11日の早朝、参政党の記者会見を最後にこの選挙の取材を終えた畠山は、引退を心に決める。そして最後に2022年9月の沖縄県知事選挙(以下、沖縄選)を取材するため沖縄へと向かう。 「同じくこの沖縄選を取材した『シン・ちむどんどん』(今年8月公開)(註7)でも取り上げていますが、沖縄では独自の選挙戦が繰り広げられます。置かれた状況への危機感から、市民の選挙に対する熱量は本土の比ではありません。選挙はその土地の問題の本質を照射します。候補者の争点を見比べれば、その地域が抱える問題は一目瞭然だとあらためて気づきました。『ノー選挙』も、畠山さんと一緒に選挙ウォッチの旅をするような気持ちで観てもらえれば嬉しいです。 畠山さんは自分の活動を『民主主義のグラウンド整備』だと言います。途方もなく広い未整備のグラウンドを、一人で地道にならしている。誰かがやらなきゃいけないから、と言ってずっと続けているんです。基地問題や本土との関係について運動し、声を上げ続けている沖縄の人たちと畠山さんには、どこか重なる部分があるように感じました」 前田監督が畠山に引きつけられる理由はここにある。 「“利他”というと大袈裟ですが、私は、自分が大変でも、他人のことを想える人が好きなんです。選挙もそう。得ばかりを主張する人もいますが、この社会でみんなが自分のことだけを考えていてはもう厳しい。弱者や他者のことを考えて発信している人に共感するし、自分もそうなりたい。そういう人にスポットライトを当てていきたいと思っています」 ■絶滅危惧! フリーランスライターという職業 前田監督いわく、『ノー選挙』のもう一つのテーマは、ライターという職業なのだという。 「畠山さんに限らず、多くのライターの方々はひどい待遇の中で仕事をされています。畠山さんの場合は、依頼がなくても選挙を取材しに行っちゃうので、その点は別の話ですが(笑)。いずれにせよ、彼らの文章が、これだけの時間をかけた取材のうえで書かれていることも、知ってほしかった。このままでは、こうしたライターは絶滅してしまいます。 それでも畠山さんは、真摯な取材や執筆をしていれば経済的にも成り立つと、フリーランスライターの活路を自ら体現し、証明しようとしてきたのだと思います。でもそれが本当に険しい道で、年齢もついに50歳になろうとしていた。その先に今回の参院選がありました。選挙取材への情熱と、現実との間の苦悩の先に向かった“卒業旅行”で、最後に畠山さんはどんな想いに至るのか。ぜひ劇場でご覧ください」 (註1)衆議院解散がなければ、次回の国政選挙は2025(令和7)年の参院選の予定。 (註2)このときの東京選挙区では、6議席に対して34人の候補者が争った。畠山はその全員に接触している。 (註3)一般メディアでは取り上げられない候補者。“泡沫候補”と揶揄されることもある。 (註4)参議院選挙区選出議員へ立候補する場合、候補者1人につき300万円の供託金が必要。 (註5)『国葬の日』(2023)監督:大島新。 (註6)衆議院議員を辞職してあらたに東京選挙区から立候補し、最後の議席を勝ち取った。 (註7)『シン・ちむどんどん』(2023)監督・出演:ダースレイダー×プチ鹿島。 『NO 選挙, NO LIFE』 取材歴25年。平均睡眠時間2時間。フリーランスライター、畠山理仁50歳。選挙に取り憑かれた、その情熱と苦悩に迫る。11月18日(土)ポレポレ東中野、TOHOシネマズ日本橋より全国順次公開。 製作:ネツゲン 配給:ナカチカピクチャーズ © ネツゲン 公式ホームページ:https://nosenkyo.jp/ 前田亜紀(まえだ あき) 1976年生まれ、大分県出身。2001年よりテレビ番組制作に携わる。フリーランスを経て、2014年ネツゲンに所属。フジテレビ『ザ・ノンフィクション』、MBS『情熱大陸』、NHK Eテレ『ETV特集』などを手掛ける。2016年には、探検家・関野吉晴のゼミ活動を追った映画『カレーライスを一から作る』を監督。著書に『関野吉晴ゼミ カレーライスを一から作る』(ポプラ社ノンフィクション/児童福祉文化賞)。 取材と文・贄川 雪、写真・高橋マナミ、編集・横山芙美(GQ)