紫式部が思わずマネした清少納言の革命的な風景描写…だから「枕草子」は1000年も残る傑作になった
■いい意味での自己主張は、大切 清少納言が、随筆という新ジャンルを生み出せたのは、考えてみると、彼女が自分の個性を大切にしたからです。 周りの人々に合わせてものを見たり、周りの人の意見に従っていたりしたら、新ジャンルは生み出せなかった。周りの人の目を気にすると、新しい題材に着目したり、他の人とは全く違う視点から物をとらえることが制限されてしまうからです。 「私は、これがいいの!」という自己主張をしたからこそ可能になった道です。何か新しい道を切り開こうと思ったら、いい意味での自己主張が必要なことを、『枕草子』は私たちに教えてくれています。 自己主張と言えば、清少納言は、既に散文を書くという時点から、自己主張をしているのです。 彼女の父は、歌人の清原元輔。『後撰和歌集』の撰者の一人で、有名な歌人。さらに彼女の曽祖父は、清原深養父。これまた歌人として名を馳せた人。『古今和歌集』をはじめとする勅撰集に多くの歌を残しています。 そんなわけで、清少納言は、歌人として活躍することを期待された環境に生まれ育ってしまった。それが、彼女には相当のプレッシャーでなかなか歌が詠めない。『枕草子』には、ホトトギスの声を聞いて歌を詠むはずで出かけたのですが、結局一首も詠めずに帰ってきて、お仕えしている中宮定子に笑われたというエピソードが出てきます。 のちには、彼女は、定子との間で、歌を詠まないでいいという約束さえ取り付けています。ここが、彼女のいい意味での自己主張です。和歌を詠むことが自分に向いていないことを自覚し、それを周囲に認めさせているのです。 そして、自分に合った散文の世界に身を投じていく。歌詠みの家に生まれ育っても、それを継がないという自己主張をしたのです。この生き方は、現代人に大いに参考になります。 代々医者の家であっても、医者に向いていなければ、やめて、他の自分に向いていることをやったほうがいい。いい意味での自己主張は大切よ! 清少納言は、涼しい顔でそう言っている気がします。 ---------- 山口 仲美(やまぐち・なかみ) 埼玉大学名誉教授 1943年生まれ。日本語学者。お茶の水女子大学卒業。東京大学大学院修士課程修了。文学博士。日本語検定委員会理事。2021年文化功労者。古典語から現代語までの日本語の歴史を研究。とくに擬音語・擬態語の歴史的研究は、高く評価されている。論文「源氏物語の比喩表現と作者(上)(下)」で日本古典文学会賞、『平安文学の文体の研究』(明治書院)で金田一京助博士記念賞、『日本語の歴史』(岩波書店)で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。また、「日本語に関する独創的な研究」が評価され、2022年に日本学賞を受賞。2008年紫綬褒章、2016年瑞宝中綬章を受章。 ----------
埼玉大学名誉教授 山口 仲美