ダウ「最高値」を招いた、利下げによる米経済の「軟着陸」…日本市場にもプラス要因だが、より大きな波乱が
<これまで金融正常化に向けて金利の引き上げを進めてきた米FRBが、利下げを決断した背景にあった米経済の事情と、これによる日本経済への影響を見通す>【加谷珪一(経済評論家)】
アメリカの金融政策が転換点に差しかかっている。同国の中央銀行に当たるFRB(米連邦準備理事会)は、量的緩和策によって肥大化したバランスシートを縮小し、金融政策を正常な状態に戻すため、金利の引き上げを進めてきた。 ●日本だけ給料が上がらない謎…その原因をはっきり示す4つのグラフ 利上げが始まる直前の2022年2月時点における政策金利は0.25%だったが、当初は0.75%という思い切った幅で利上げを進め、23年7月には5.5%まで上昇。これによって長期金利も上昇傾向が顕著となり、10年債の利回りは一時、5%を超えた。 利上げのペースが急ピッチだったことから、景気の腰を折るのではないかとの懸念の声が市場から寄せられたが、FRBのジェローム・パウエル議長は全く気にせず利上げを進めてきた。 それでもアメリカの景気が好調だったことに加え、量的緩和策による大量の貨幣供給と原油価格高騰に伴うコスト上昇という2つのインフレ要因が重なったこともあり、物価はなかなか沈静化しなかった。 市場関係者は利上げと聞くと条件反射的に「株価が下がる」「景気が悪くなる」といった反応を示すことが多いのだが、22年6月における消費者物指数は9%を超える状況だった。これは生活実感としても相当なインフレであり、そもそも物価が10%近くも上がっているのに、金利が2%台というのはマクロ経済の原理原則としてあり得ない。 ■FRBパウエル議長による利上げは正しい決断だった 中央銀行の役割が物価の安定であるという現実を考えた場合、パウエル氏の決断は完璧に正しかったといえるだろう。23年以降、利上げが相応の効果を発揮し始め、物価上昇率が徐々に鈍化。24年に入ってからは3%台が定着するようになり、直近の8月は2.5%まで下がった。 物価だけでなくFRBが重視する失業率にも変化の兆しが見え始めている。パウエル氏は失業率が上昇しない限り、物価が抑制されたとは考えないという趣旨の発言を行ってきた。連続して利上げを実施してきたにもかかわらず、失業率は低い水準が続き、これが利上げ継続の根拠となってきた。 だが5月に入ってからは恒常的に4%を超えるなど状況は変わりつつある。 今のところアメリカ経済は景気が失速したというほどではないが、本来、中央銀行は景気や物価の動向に先んじて動くべき存在であり、その点からすれば、そろそろ金融政策を転換すべき時期が来ているのは間違いない。 今回、FRBは0.5%の利下げを決断し、年内にも再度の利下げが予定されている。今回の決定を受けて、ダウ平均株価が最高値を更新するなど市場は好感しているようだ。利下げが数回程度で収まり、株価も堅調に推移すれば、アメリカ経済が軟着陸できるシナリオが見えてくる。 ■アメリカ利下げの日本経済への影響は? アメリカの利下げは日米金利差を縮小させるので、短期的には円高要因だが、アメリカの物価が安定すれば相応にドルが買われるので、極端に円高に振れるリスクは少ない。日本企業の多くはアメリカ市場で稼いでいる現状を考えると、景気が安定的に推移したほうが好都合であり、日経平均にもプラスといえるだろう。 最大の波乱要因は大統領選であり、特にトランプ氏が大統領になった場合の影響については現時点で予測が難しい。景気の方向がハッキリしてくるのは、新政権がスタートする来年以降ということになるだろう。