杉咲花インタビュー「こんな感覚でカメラの前に立っていていいのだろうか」と感じる瞬間も
「これ以上ないほどの幸福と、引き裂かれるような痛みを感じました」
──市子は自らの境遇ゆえに長谷川にプロポーズされた直後に姿を消します。その気持ちに共感するところはあったのでしょうか。 「共感と言えるかはわからないのですが、演じていて、婚姻届を受け取ることにこれ以上ないほどの幸福と、引き裂かれるような痛みを感じました。感情が自分の頭の中を追い越していく感覚になるというのは、あまり味わったことのない時間で。それと同時に、『こんな感覚でカメラの前に立っていていいのだろうか』と市子の心情がわからなくなってしまう瞬間もありました」 ──市子が口にする言葉はとても印象的なものが多いです。特にぐっときたセリフはありますか? 「たくさんあるのですが、特に『花はちゃんと水をあげへんと枯れるから好き』とか『うちな、花火好き。みんなが上見てる時なんか安心すんねん』というセリフが印象深いです」 ──市子と家族になろうとした恋人の長谷川が市子の実際の家族である市子の母を諭すシーンも印象的でした。家族について考えたことはありましたか? 「家族というのは、ひとつの小さな社会ですよね。個人的には、その枠組みにいるだけで何かひとつのフィルターが外れる瞬間があるような気がしていて、それが愛おしくも煩わしくも思います。私の拙い言葉では、いまはまだ家族についての考えを言語化することが難しくもあるのですが…。母を大切にしたいです」 ──市子は色に例えるとどんなキャラクターだといえるでしょうか。 「“黒”でしょうか。市子は劇中で黒い服を印象的に着ているんです。黒は影に馴染み存在を隠すような色でもありますし、ある意味すごく目立つ色でもある。市子が黒を着る理由は両方の意味合いが込められているように感じます。また、劇中では“虹”が印象的に描かれているのですが、市子にとって色鮮やかな虹色は平和を象徴するものであり、渇望するものでもあったのではないかなと思います。本編にも映し出されているのですが、ラストシーンを撮影したクランクアップの日は晴天で、そこに優しい虹がかかっていたんです。『市子』の現場では、何かそういう力に守られていたのではないかと感じずにはいられない出来事でした」 ──完成した映画を観てどんなことを感じましたか? 「この物語は第三者の視点から市子という人物が浮かび上がってくる話なのですが、私は市子を語る人々の撮影に立ち会うことがなかったので、そういったシーンがとても印象に残りました。特に、市子の恋人である長谷川くんが純粋な気持ちで市子を捉えようとする姿に胸を打たれました」 ──市子を演じたことは、俳優としてどんな影響があったと思いますか? 「それが、いまはまだわからないんですよね。『市子』という作品に集った皆さんと積み上げていった時間、その事実が、とてつもなく愛おしいものとして自分の中に凛と残っている感覚なんです」 ──杉咲さん自身に何か影響を与えたところがあれば教えてください。 「この作品をどう受け止めるかということが、なにか実生活に鏡のように反映されるものがある気がしています。私は市子という人物が、自分たちの暮らしと地続きの場所にいるような気がしてやまないんです。だからこそ、演じ終えたことで何か区切りを付けられるようなものではなくて。これからも考え続けていきたいですし、観てくださった方々の中で議論を生むような物語に育っていくことを願っています」 Photo:Takao Iwasawa Styling:Tatsuya Yoshida Hair & Makeup:Ai Miyamoto Interview & Text:Kaori Komatsu Edit:Chiho Inoue