中古車の値段が上がるのはイヤなので内緒にしたい! 4リッター自然吸気並みの大トルクを発揮する3リッター直6ターボをぶち込んだ135iクーペは、どんなBMWだったのか?
内燃エンジンのコンパクト・スポーツが気になる!
中古車バイヤーズガイドとしても役にたつ『エンジン』蔵出し記事シリーズ。今回は2008年6月号に掲載された135iクーペのリポートを取り上げる。306psの3リッター直噴ストレート6ターボ・ユニットを搭載したリトル・ボム。その実力を計るべく、アクティブ・ステアリングのあるなし、紅白2台の135iクーペで、春の八ヶ岳までのドライブを敢行。内心、ちょいとした疑問を携えつつ。 【写真14枚】中古車の狙い目、BMW135iを写真で見る ◆おめでたい紅白の組み合わせ ちっちゃいクルマが時代の気分であることは間違いない。なにしろ日本で一番売れている自動車は、軽を除くとホンダ・フィットである。こんな世の中だからこそ元気の出るクルマがほしい、と私も思う。でも、だからといって306psものパワーを誇る135iクーペが時代の気分なのか? 編集会議で議論した末に決まったことではあるけれど、私はそのような疑問を抱きつつ、135iクーペMスポーツのステアリングを握ったのだった。本年2月に発売された135iクーペは、ATモデルが上陸する6月頃までマニュアルのみ。2ドア、4座、マニュアルということだけで、すでにスペシャル感がある。いまや絶滅危惧種のマニュアル派にとっては495万円の130iと並ぶ希望の星? お値段は538万円。スポーティなパーソナル・カーとしてはポルシェ・ボクスターやケイマン2・7、アウディTTクーペ3.2クワトロあたりがライバルとなる。価格は50万円ほどお求めやすく、動力性能は余裕で上回り、実用的な後席も荷室も備わる。実用になるから、スポーツカーを購入するより心理的なバリアはグッと低い。だからといって135iクーペが魅力的なのか。気候変動の時代、化石燃料も残り少ないといわれる現在、内燃機関を楽しむのなら本物のスポーツカーに、それも、もうちょっと馬力の低いヤツにしたほうが、結局は環境にも財布にもいいはずだ。 ま、内心そうは思っていても、私も社会人ですので、口には出さないのです。黙って、135iクーペMスポーツをアクティブ・ステアリングのあるなしで2台借りた。それが写真の白いクルマと赤いクルマだ。白はソリッドで“アルピン・ホワイトIII”、エンジっぽい赤は、メタリックの“セドナ・レッド”と呼ばれる。速度に応じてステアリングのギア比が変わるアクティブ・ステアリングはロック・トゥ・ロック2回転で、極低速ではステアリングをちょっと切っただけで前輪がグイグイ曲がる。車庫入れはスイスイである。19万3000円のオプションである。 このアクティブ・ステアリングの有無の違いについては後述するとして、バイエルン・エンジン製造会社の製品であるからして、まずはそのエンジンから語らねばならない。 ◆キラリンと光った 135とはいうけれど、フロントに収まるのは3.5リッターではなくて、3リッターストレート6のターボである。型式名は「N54B」。ディーゼル技術のノウハウを用いた高精度インジェクションを採用して直噴化し、自然吸気に近いレスポンスを得るために小型のターボチャージャーを3気筒ずつ並列に装着する。つまり直噴ツイン・ターボ。高出力と低燃費の両立を図った最新ハイテク・ユニットである。最高出力306ps/5800rpmは、ターボ・エンジンなのだから驚くには当たらない。驚くべきは40.8kgmという、4リッター自然吸気並みの大トルクをわずか1300rpmで生み出し、5000rpmまで持続することだ。ディーゼル・ターボもビックリのトルク特性。ディーゼルと異なるのは7000rpmまでシルクのごとき滑らかさで回りきることである。 「N54B」は06年夏、現行3シリーズ・クーペの目玉ユニットとして登場した。私はオーストラリアで開かれた国際試乗会に参加し、335iクーペの気持ちよさに、ムムムムッと思った。翌年、「N54B」は3シリーズ・カブリオレにも搭載された。私はUSAのアリゾナで開かれた試乗会に参加し、またもやムムムムムッと思ったのだった。これぞフロイデ・アム・ファーレン。駆けぬける歓び。歓喜の歌。第九が鳴り響く。 エンジンがよいのである。自然吸気の3リッターでは不可能な、2枚も3枚も上手の厚みのあるトルクを持っていて、そのトルクの出方がじつにナチュラル。335iカブリオレの場合、車重1820kgにも達して、同クーペより200kgも重いのに、重量増を感じさせない。それだけ「N54B」はトルキーでパワフルなのだ。 その「N54B」がよりちっちゃな1シリーズ・クーペに搭載されたのである。こいつが速いことは自ら明らかなのである。テスト車は電動ガラス・ルーフを装備していたため車重じゃ1550kg。それでも335iカブリオレより300kg近く軽い。馬力荷重は5.1kg/psとなり、ピュア・スポーツカー、ケイマンの1360kg/245ps=5.6kg/psを上回る。3.4リッターのケイマンS、47kg/psには負けるけれど、0-100km/hは5.3秒と、ケイマンSよりコンマ1秒速い、というのがBMWの主張だ。最高速は250km/hでリミッターが働く。 とはいえ、135iクーペは凶暴なクルマではぜんぜんない。外観はエアロ・パーツで武装するMスポーツ・パッケージが標準となる。フツウの1より、バンパー下部のグリルの開き方がダイナミックになって、なんとなく目つきも鋭く感じる。そういう外観ではあるけれど、「N54B」はあくまでスポーティかつジェントルな、スポーツ・サルーンにふさわしい、その意味ではいかにもBMWっぽいエンジンなのだ。 問題は日本の環境と、かの地の交通環境との違いである。135iの6段マニュアルのギア比は335iと同一。数字を並べると、(1)4.55(2)2.396(3)1.528(4)1.192(5)1.000(6)0.872R3.677、最終減速比3.077となる。1、2、3速ギアがガバッと離れていて、3速からトップの6速ギアまではクロースしている。マニュアルだと、1速から2速にシフトアップしたときにエンジン回転が低くなりすぎて、もたつく場合がある。いくら「N54B」がデータ上、1300rpmで最大トルクを発生するといっても、実際には2000rpmくらい回っていないと、思うトルクは得られない。マニュアル・ギアボックス自体もストロークが大きめで、取り立てて気持ちイイ感じはない。むしろオートマチックのほうが相性がよいのではないか。 高速道路に上がって3速に入れ、「N54B」が3000rpmを超えてクオオオオオオオオンッという控えめな、しかし高性能エンジンらしい乾いた咆哮を発するや、胸がホントにときめいた。いままでの不満とか否定的見解はパキーンと消え、ドライバーである私の心のなかで、キラリンとなにかが光った。いつの間に太陽が顔を出して春らんまん。 ◆ペンション・ビートルズ 春休みの中央フリーウェイは談合坂SAあたりまで込んでいた。私は八ヶ岳に向かっていた。八ヶ岳には135iクーペの先祖であるところの2002ターボがペンション・ビートルズで待っている。 須玉ICあたりからの上り坂は道が荒れている。135iクーペは、記憶の中の初期型120iMスポーツより乗り心地が改善されていた。あれは乗り心地がホントにガチガチだったけれど、クーペはサスペンションに若干ストローク感があった。といっても、前215/40、後245/35という前後異サイズの18インチ・ランフラット・タイヤを履いた135iクーペも、基本的に足は動かない。ロールもしない。 アクティブ・ステアリングは1シリーズを軽快に感じさせる。アクティブ・ステアリングがないと1のステアリングはものすごく重い。パワー・アシストはついているのに、そのアシスト量は低速で減って高速で増える制御になっているのか、と疑わせるぐらい重い。ところがアクティブ・ステアリング付きはステアリングが別のクルマみたいに軽い。動き始めから小さなクルマを動かしている感覚がある。もともと3シリーズより小さいクルマだからか、極端な可変ステアリング・ギア比にも違和感ほぼゼロなのであった。 八ヶ岳で2002ターボと135iクーペを並べてみると、BMWがこのクーペを現代の02シリーズと位置づける共通のデザイン言語がよくわかった。とりわけボディをグルリと1周するショルダー・ラインが2台の血縁関係を物語り、珍妙なスタイルの5ドアの1シリーズではわからなかったBMWの意図がここにいたって理解できた。BMWはコンパクト・スポーツ・サルーンの伝統、その孤塁を死守する決意なのだ。 八ヶ岳周辺で撮影を済ませ、02ターボ・オーナーのペンション、ビートルズで1泊した翌日、比較用に連れてきたフォルクスワーゲン・ゴルフR32に乗ってみた。 ゴルフR32は、ゴルフGTIの系譜に連なる、まぎれもない現代の「ちっちゃくて元気の出るクルマ。」の1台である。横置き前輪駆動ベースの4WDで、重たいV6をフロントに横置きする。にもかかわらず、FFのフツウのゴルフよりアンダーステアが軽くて、曲がりやすい。250psと32.6kgmを発生する3.2リッターのV6はトルキーで、DSGということもあってイージー・ドライブ。ただし、車重は1590kgと、135iクーペより重い。225/40R18サイズのタイヤを履く足回りは硬めではあるけれど、ランフラットの135iみたいな角の硬さ感がない分、乗り心地はむしろ優れている。価格452万円と100万円近く安いのに、135iから乗り換えてもチープ感はない。 とはいえ、245万円で買えるVWゴルフに付加価値を200万円もつけて販売しているのがR32である。あの性能でプラス200万円なら割安な気もするけれど、乗り出し価格500万円に達するゴルフ、丸い四角みたいなVWにどういうひとが乗りたがるのだろう? 135iクーペにしろ、ゴルフR32にしろ、これら小型高級高性能車は余人には知れない密かな楽しみを味わう、贅沢な大人のためのクルマなのだ。その意味では、たしかに時代の気分はこっちなのでしょう。自動車趣味はもはや贅沢な大人のもの。私も大人だが、「贅沢」という単語とは疎遠である。好きな言葉は「もったいない」。そんな私でも、135iに毎日乗っていると元気が出そうな気はする。小さくて小回りが利いてちゃんとしていて、なによりパワフル。「N54B」は超気持ちイイ。飲めばたちまちやる気が出る鶴亀製菓のハッスルコーラである。これは植木等主演の「くたばれ! 無責任」という映画の話だが、要は人間、気持ちの持ちようが大事だということ。 余談ながら、徳島出身の02ターボ・オーナーは地元で酒屋を営んでいたのだが、コンビニに客をとられて商売が立ち行かなくなったため、昨年、55歳にして家財を処分して八ヶ岳のペンションを購入、残りの人生をゆったり過ごすべく、奥様と15年所有している02ターボを連れてやってきた。ハッスルハッスル、ハッスル、ホイ! 文=今尾直樹(本誌) 写真=小林俊樹 (ENGINE2008年6月号)
ENGINE編集部