【日本一詳しい北朝鮮解説】祖父も父も要らぬと金正恩、「太陽」はオレ様一人!
北朝鮮では故金日成(キム・イルソン)主席の誕生日である4月15日は「太陽節」と呼ばれ、民族最大の祝日とされてきた。毎年、その日を中心に写真展や討論会、各種の芸術公演などが行われてきた。しかし、今年はその「太陽節」に「異変」が起きた。 「移民法」のヤバすぎる中身…このままでは日本の「社会保障」が崩壊する
「太陽節」という言葉をめぐって
朝鮮労働党機関誌『労働新聞』は4月15日付の2面に「偉大な首領、金日成同志と偉大な領導者、金正日同志の銅像へ民族最大の祝いである太陽節を迎えて花束を献じる」と題した記事を掲載した。北朝鮮の幹部たちが金日成主席や金正日(キム・ジョンイル)総書記の銅像に花束を献納したことを伝える記事であった。 しかし、『労働新聞』で「太陽節」という言葉が報じられたのはこれが最後だった。『労働新聞』が今年に入って「太陽節」という言葉を使った記事は7件に過ぎず、2月17日付で2件の記事で「太陽節」という言葉が使われた以後は、4月15日付のこの記事だけであった。 しかし、昨年の場合は『労働新聞』は4月中に70件以上の記事で「太陽節」という言葉を使っている。 北朝鮮のメディアは例年なら頻繁に使われる「太陽節」という言葉を使わず、「4・15」や「4月の名節」などと言い換えており、明らかに作為的に「太陽節」という言葉を避けているように見えた。 また、北朝鮮では例年、最高指導者の金正恩(キム・ジョンウン)党総書記が幹部らを引き連れて故金日成主席と故金正日総書記の遺体が安置されている錦繍山(クムスサン)太陽宮殿を訪問することが慣例となっていたが、今年は金正恩党総書記だけでなく、幹部らの訪問もなかった。金正恩党総書記は2020年、2023年には訪問をしていなかったが、幹部の訪問は報じられていた。 北朝鮮におけるこうした動きをどう見ればよいのか。
金正日氏死亡直後から、金正恩氏へ「太陽」の表現
韓国メディアは、北朝鮮で「太陽節」という言葉が消えたのと軌を一にして、金正恩氏に対して「太陽・金正恩将軍」というプラカードや、『労働新聞』に「主体朝鮮の太陽」という表現が登場したと報じている。日本のメディアもこうした報道をそのまま伝えているが、これはあまり正確ではない。 金正恩氏に対しては、金正日総書記が死亡した直後から「太陽」に例える表現が党機関紙『労働新聞』などに出ている。 『労働新聞』は金正日総書記死亡直後の2011年12月25日付で「将軍様の永遠の同志になろう」と題した「政論」を掲載した。筆者は後継者問題の論説で著名な宋美蘭(ソン・ミラン)記者であった。宋美蘭記者は政論の最後で「敬愛する金正日同志の不滅の遺訓を血で刻み、千万の軍民を抱いて立ち上がった偉大な同志、21世紀の太陽、金正恩同志の永遠の革命同志になろう!」と訴え、金正恩氏を「21世紀の太陽」と表現した。金正恩氏は政権スタート時から「太陽」と称されていたのだ。 内閣などの機関誌『民主朝鮮』は2012年1月3日付で世界各地から金正日総書記死去への弔意が示されているという内容の「<朝鮮の明るい太陽、金正恩同志がいらっしゃれば、金正日同志の偉業は完成するだろう> 様々な国の各界人士が朝鮮大使館と代表部を弔意訪問」と題した記事で、金正恩氏は海外からも「朝鮮の明るい太陽」と表現されているとした。 その後も「先軍朝鮮の偉大な太陽、金正恩将軍万歳」(『労働新聞』2012年6月8日付)、「朝鮮民族の偉大な太陽、金正恩」(『民主朝鮮』2012年6月17日付)、「白頭山大国の偉大な太陽、金正恩元帥さまに従い、最終勝利に向かって進む朝鮮の青年たちのすべてが英雄防護隊にともにいる」(『労働新聞』2012年8月23日付)、「先軍朝鮮の太陽、金正恩元帥様」(2013年2月15日付)などと、政権スタート時からずっと金正恩氏を「太陽」とする称賛が続いてきた。 『労働新聞』は2021年5月12付で「平安北道の党責任幹部は、車光洙(チャ・グアンス)新義州第一師範大学に出向き、教員に図書『主体朝鮮の偉大な太陽、金正恩同志』に盛り込まれた内容を解説し、教育事業を改善し、党の教育政策を忠誠として受け入れることを強調した」と報じ、北朝鮮で『主体朝鮮の偉大な太陽、金正恩同志』という本が出版されていることを明らかにした。 金正恩氏は2012年4月に朝鮮労働党第一書記、国防委員会第一委員長という職責に就任し、公式に最高権力者の座に就いた。2022年は金正恩氏が最高権力者の座について10周年の年であった。 『労働新聞』は2022年4月12日付で「<敬愛する金正恩同志におかれてわが党と国家の最高首位へ高く推戴されて10年を迎えて> 各地で意義深く慶祝」という記事を掲載した。 この記事は「首都平壌と各地の街ごとに敬愛する総書記同志を熱烈に慕い、その領導を忠実に支える人民の忠誠と意志が激しく脈打つ《主体朝鮮の太陽·金正恩将軍万歳! 》、「絶世偉人を高く奉じた果てしない栄光、最大の幸福》、《党と国家の最高首位に高く推戴》などの文字が刻まれたスローガンが掲示され、美しい花々が咲き乱れ慶祝の雰囲気を加えた」と報じた。既に2022年4月の段階で「主体朝鮮の太陽、金正恩将軍万歳!」というスローガンが平壌市内に掲げられていたことを明らかにした。 今年2月12日付の『労働新聞』は「10年経てば」というタイトルの董泰官(ドン・テグァン)記者執筆の政論を掲載した。この中で「朝鮮がどんな国か。わが人民がどんな人民か。世界で最も偉大な金正恩同志を革命の首領、運命の太陽として高く戴いた最も尊厳高い国、最も幸福な人民である」と記し、金正恩党総書記を「運命の太陽」と表現した。董泰官記者は北朝鮮の論説部門を牽引する記者で新しいスローガンなどをまず紹介することで有名な記者だ。 そして『労働新聞』は4月17日付で、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央委員会が4月14日付で、金正恩党総書記が故金日成主席の誕生日に際し、在日同胞子女の民族教育のために3億370万円の教育援助費と奨学金を朝鮮総連に送ったことへの感謝文を掲載した。感謝文は「総連中央常任委員会は、すべての総連活動家と在日同胞の一様な忠誠の心を込めて、主体朝鮮の太陽であらせられ、総連と在日同胞の慈悲に満ちたオボイ(父親)であり、恩恵深い師であられる敬愛する金正恩元帥様がどうか健康であられることを謹んで祈ります」と述べ、金正恩党総書記を「主体朝鮮の太陽」と表現した。 金正恩氏に対して「太陽」として称える動きは、金正恩氏の登場直後からずっと続いている。その一方で「太陽節」という言葉を使わなくなったというのは、偶像化の焦点を金日成主席や金正日総書記から金正恩党総書記へ移行させる動きとみられる。